雑誌『つり人』の創刊編集者で随筆家の佐藤垢石が学生だったときの話である。通学路の途中に世間から「食詰横町」とやゆされる50戸ほどの長屋があったそうだ。学生たちはそこを通るたびにこんな冗談を言い合って笑ったらしい
▼「おいおいお前、試験のときカンニングはやめよ」。自分はやらないがそれはなぜかと聞くと「カンニングが癖になって世の中へ出てからも、カンニングをやるとひどいことになる」。一体どうなるのか。「食詰横町に住んでいる人物は、すべてカンニング崩れなんだ。社会生活にカンニングを用いれば、誰でもこの横町へ這い込まにゃならんよ」。随筆「烏惠壽毛」に記していた。〝うえすけ〟とはウイスキーのことである
▼15日に実施された大学入学共通テストの試験時間中に問題を外部に送り、ひそかにその解答を受け取っていた受験生もよくよく反省した方がいい。ひきょうな手段を使った事実は、一生自分につきまとう。偽計業務妨害の疑いで警視庁も捜査に乗り出した。事件は世界史Bで起こった。家庭教師のサイトを通じて東大の男子学生に問題用紙の画像が送られ、その学生が解答を返信したそうだ。後で共通テストの問題と気付き、入試センターに届け出たものの後の祭り
▼漏らした人物は高2の女子生徒を名乗り、家庭教師を募集中のため実力を知りたいとの趣旨だったという。自称〈高2の女子生徒〉は今、してやったりと得意満面かもしれない。ただ、それはぬか喜びでないか。「食詰横町」はなくとも、カンニング癖はいつか自分を袋小路に追い込む。