落語「悋気の独楽」(りんきのこま)は、夫の浮気を暴こうと策を巡らす嫉妬深い妻を滑稽に描く。主人に50銭を握らされ、浮気相手の家にいることを秘密にせよと命じられたでっちの定吉からまず話を聞き出そうとする
▼外出先から一人で戻ってきた定吉を優しくねぎらい、おいしいまんじゅうを食べさせる。定吉の気分が良くなったのを見計らい、主人が本当はどこに居るのか言えば1円あげるとそそのかすのだ。定吉だって主人に義理があるからそう簡単には明かせない。すると妻は「さっき食べたまんじゅうにはうそをつくと死ぬ護符を入れておいたのよ」とすごむ。懐柔しようとして駄目なら脅して口を割らせる。これには定吉もたまらない
▼2019年7月の参院選を巡る河井克行元法相の大規模買収事件で先週、一転起訴された広島県議ら34人も今、定吉の心境でないか。〝金銭授受の事実を告白すれば悪いようにはしない〟。検察当局とそんな司法取引めいたやりとりがあったとうわさされていた。当初から世論は現金を受領した面々の不起訴に疑問を抱いていた。不起訴が覆った理由は検察審査会が昨年出した「起訴相当」の議決。再捜査の結果、裁判での審理が妥当と判断したという。ただ検察は最初からここまで織り込み済みだったとの話もちらほら。脅したりすかしたり、はしごを外したりと落語の妻顔負けの執念である
▼巨悪を捕らえるための苦肉の策だが、少々後味は悪い。取引を持ち掛け、後で裏切る手法は今後の捜査にも禍根を残そう。定吉だって二度と本当のことは言うまい。