戦乱が続く紀元前500年頃の中国春秋時代に書かれた兵法書、『孫子』の神髄は戦わずして勝つことにあったという。孫子の第三「謀攻」にいわく「百戦百勝は、善の善なるに非ず。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり」(『兵法 孫子』PHP文庫)
▼戦うにしても力任せに正面からぶつからず、敵の弱点を突いてやすやすと勝つべきと教える。ただ最上は戦わずして相手に負けを認めさせることだ。そんな孫子の兵法を地で行くような展開でないか。米電気自動車大手テスラの最高経営責任者、イーロン・マスク氏の米ソーシャルメディア大手ツイッター買収劇である。相手の懐に飛び込み、情報をかく乱し、有利な環境を作り出した上で一気に勝負を決めた
▼マスク氏は3月下旬頃からひそかにツイッター株の保有を進め、4月上旬には筆頭株主の座を確保したらしい。乗っ取りの意図はないと表明し、取締役として経営に参画したものの、その数日後には社に買収話を突きつけていたそうだ。ツイッター側は防衛策を講じようとしたが時既に遅し。外堀を埋められスポンサーは現れない。全面降伏するしかなく、きのう、買収を受け入れた。買収総額は5兆6000億円に上る
▼そこまでしてマスク氏が目指すのは、以前から主張していた民主主義の基盤となる言論の自由を実現する場の創出。今回はマスク氏の完全勝利に終わったが、孫子にはこんな教えもある。「先ず勝ちて而る後戦う」。本当の戦いはこれからだろう。利用者の厳しい目に耐えられるかどうか。お手並み拝見である。