池田勇人元首相が首相に就任する前の年となる1959年の正月、日本経済新聞の紙上座談会「いのしし放談」に出席した。亥年生まれの著名人らが集まり、大いに盛り上がったそうだ
▼池田元首相がその場で語ったのはこんな願いだったという。「私が学校を出たときには、いのししの札を七枚もらったんだが、日本経済はこの亥年から再出発して、昔の十円をもらった程度に、一万円札をもらいたいもんですな」。作家の沢木耕太郎さんが著書『危機の宰相』(文春文庫)に再録していた。前年12月に初めて1万円札が発行され、世の中がざわめていたころである。いのししの絵が描かれた10円札を引き合いに出し、庶民にも1万円札が普通になる時代が来ると言いたかったようだ。所得倍増計画につながる発言だろう
▼お金の話は誰にとっても身近で分かりやすい。共感を得られたろう。岸田首相も見習った方がいいのでないか。先週、英ロンドンを訪れた際、「資産所得倍増プラン」を進めるとぶち上げた。昨年の10月には「令和版所得倍増計画」と称していたはずだが、いつの間にやら「資産」という言葉が潜り込んでいる。どうやら日本の個人金融資産約2000兆円を、貯蓄から投資へ振り向けようとのもくろみらしい
▼現下の経済情勢や国際環境で賃金の引き上げは難しいと見て、投資による実質所得の積み増しを狙ったとみえる。さて、国民は納得するだろうか。昨年11月の閣僚資産公開で岸田首相の住宅や預貯金などは2億868万円、株式は「保有せず」だった。あれ、ご自分の投資は?。