よく言われる言葉に「統計はうそをつく」がある。実際はうそをつきたい人が統計を利用しているにすぎないのだが、数字に強い人は少ないため簡単にだまされてしまう
▼サイエンスライター、トム・チヴァース氏らが著書『ニュースの数字をどう読むか』(ちくま新書)で、そのからくりに触れていた。例えば体験談を事実の裏付けとして提示する手法がある。〈このサプリメントで毎日が健康に〉といった類いだ。一個人の感想や意見を多くの人の共通認識だと錯覚させるのである。そもそもサプリの効果は医学的に実証されるべきもので、感想などに意味はない。今どきそんなCMにだまされる人もいなかろうが、マスコミの巧妙な手口には乗せられてしまう人も多いようだ
▼日本銀行の黒田東彦総裁が6日の講演で「日本の家計が値上げを受け入れている」と発言したのをマスコミ各社が取り上げ、一斉に攻撃を開始した。生活や経済の感覚が一般庶民とかけ離れている総裁はけしからんというわけである。マスコミが批判の裏付けとしたのは街の声だ。「うちは値上げを受け入れてない」「高給取りには庶民の苦しみが分からない」。講演内容を切り取った上に街の声を国民全体の声のように伝えたのである。これでは最近の経済に対する国民の理解が進まないのも当たり前
▼総裁はマクロ経済の話として家計全体の傾向を学術的に解説し、余力がある今のうちに賃上げをと述べたのだ。発言を撤回する必要はなかった。切り取りや統計のうそで国民の現実認識を妨げたマスコミこそ猛省すべきだろう。