経済学と聞いて思いつく言葉は何かと問われたら、一般の人の多くは「神の見えざる手」と答えるのでないか。市場でおのおのが自由に商品を売ると、最もバランスの取れたところに価格が落ち着き、社会全体の利益につながるという競争原理である。英国の経済学者アダム・スミスが唱えた
▼売り手が多く買い手が少なければ価格は自然と下がり、逆なら上がる。単純明快。あえて神にお出ましいただく必要もない。世に自由競争の信奉者がたくさんいるのもうなずける。こんな公平な話もあるまい。ただスミスの理論にはまだ続きがあった。『世界を破綻させた経済学者たち』(早川書房)の記述が分かりやすい。「スミスは、市場が機能するケースと機能しないケースのそれぞれの理由を明らかにし」、「政府の見える手の必要性」も説いていたのである
▼最近、日本での電力自由化がその「機能しないケース」だったことが、誰の目にも明らかになってきた。電力は足りなくなり、価格は上がる一方である。以前は総括原価方式で地域独占の一般電気事業者が設備費用を賄うと同時に供給義務も果たしていた。政府と識者は自由化で低価格とサービス向上が図られると胸を張ったが、結果はご覧の通り
▼市場参入した販売会社はほとんど自前の発電所を持たず供給責任を負わない。太陽光発電所の乱立で火力など安定電源への投資余力も失われた。そこにこのエネルギー危機である。政府は節電にポイントをと悠長な話をしている場合ではない。大切なのは供給力の底上げ。「政府の見える手」が必要だ。