東日本大震災時の福島第1原子力発電所事故では放射線による直接の健康被害は出なかったものの、間違った情報や根拠のないうわさに多くの人が苦しめられた。そんな風評被害は事故から11年が過ぎても解消されていない
▼福島県出身で現在もこの地に暮らすジャーナリスト、林智裕さんが近著『「正しさ」の商人 情報災害を広める風評加害者は誰か』(徳間書店)で、被害の実態と問題点を詳細に分析していた。林さんは福島に関するこんなデマや流言飛語も記録している。農家に対しての「サリンを製造したオウム信者と同じ」、結婚前の女性を意図した「結婚をして子どもを産むとですね、奇形発生率がドーンと上がることになって」。事実に反する上、発信者は学者やマスコミ、市民団体といった影響力を持つ人のことも多いという
▼注目を集めたい、視聴率を上げたい、勢力を拡大したい―。思惑は違えど、人々の安心な未来のためにと「正しさ」の仮面をかぶって風評を流すところは共通している。結局、風評は地道な努力によって跳ね返していくしかないのかも。そう思わされる明るい話題がきのう、おとといと続いた。一つは英国の福島県産食品などに対する輸入規制の撤廃、もう一つが帰還困難区域だった大熊町の避難指示解除である
▼福島では放射線による健康被害はないとの科学的事実に、現実が追い付いた格好だろう。ただ、時間はかかりすぎた。林さんはこう指摘する。情報災害は「社会を機能不全に陥らせ少なからぬ人々を殺め」る。その被害は時に元となった災害より大きい。