本道出身の小説家小路幸也さんの人気作『東京バンドワゴン』(集英社)シリーズは、東京の下町で古本屋を営む大家族堀田家の周りで起こるいろいろな出来事を人情味たっぷりに描く
▼作品で毎回必ず描かれる名物場面に、大きな食卓を皆で囲んでの食事風景がある。そこでは家族の予定から近所のうわさ、抱えている問題、果ては「焼海苔にかけちまったぜソース」といった嘆きまで、さまざまな話題が飛び交う。それもこれも家訓に〈食事は家族揃って賑やかに行うべし〉とあるためで、家族一同それを楽しく実践しているのである。かつては当たり前にあったものの、核家族が多い現代ではなかなか見られなくなった風景だろう
▼今は逆に「孤食」化が進んでいるとされる。その名の通り一人ぼっちで食べることだが、形は一様でない。近頃は全員が一つ屋根の下に暮らしていても、仕事や塾、趣味などで時間が合わず、食事はそれぞれ別に取る家庭も増えた。1人暮らしの若者や高齢者はもちろんである。気楽な一面はあるものの、精神的に孤立を深めることも少なくない。藤原辰史京大准教授はそんな孤食と大勢での食事の間を埋めるものとして「縁食」を提唱してきた。子ども食堂や炊き出しなど人々が緩やかにつながる食事形態である
▼ところがコロナ禍で真っ先に動きを止められたのがこの縁食だったという。気軽に集まれないのだからどうしようもない。逃げ場を求めていた人、かろうじて孤立を免れていた人が行き場を失った。縁をつなぐ最後のとりでまで壊す。なんと悪質なウイルスか。