エッセイストの阿川佐和子さんは当初、著書『聞く力』(文春新書)がなぜ飛ぶように売れているのか理解できなかったという
▼それが分かったのは、作家の吉永みち子さんがテレビでコメントしたのを聞いたときだった。こう解説していたのである。世にあるコミュニケーション能力を高める本のほとんどは自分の意見や気持ちを相手に伝える発信力に関するもの。阿川さんのように受信力を書いた人はいなかった。阿川さんは深く納得し、あらためて「相手の言葉を受信する」大切さに気づいたそうだ。加えて本が売れた背景には「『相手の気持ちを探る』ことで苦戦している」今の時代の雰囲気があるとも感じた。『叱られる力 聞く力2』に記している
▼その伝でいくと、同じく「聞く力」をうたい文句に登場した岸田首相も時代にはまるはずだったのだが、そううまくはいかなかったようだ。4日で就任から1年が過ぎた。むしろあちこちで話を聞きすぎて、身動きが取れなくなっている印象さえ受ける。発信力に長けた安倍元首相、不言実行の菅前首相の後だけに受信力を大事にする岸田さんには期待する人も多かった。ところがいろいろと政策は発表するものの、1年たっても本当は何をしたいのか、いまひとつ伝わってこないのである
▼最近は支持率も低迷。物価高、円安、旧統一教会と問題が次々持ち上がったのは不運だったが、本来はその一つ一つに確固たるリーダーシップを発揮してしかるべきだった。できれば受信力はそのまま発信力にも長け、有言実行の首相であってほしいものだが。