夏の夕方に盆踊りの歌や太鼓が聞こえてくると、なぜか気持ちが浮き立つ。昔ほどではないにせよ、日本人なら老いも若きもその感覚は共有しているのでないか。世代を超えて受け継がれてきた文化の豊かさだろう。そんな伝統の力が世界に認められたようだ
▼国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)が先月末、盆踊りや念仏踊りからなる「風流踊(ふりゅうおどり)」を無形文化遺産に登録することを正式決定した。風流踊とはあまり聞きなじみのない言葉だが、文化庁の提案資料によると「衣装や持ちものに趣向をこらして、歌や笛、太鼓、鉦(かね)などに合わせて踊る民族芸能」を指すという。今回登録が決まったのは秋田の「毛馬内の盆踊」や岐阜の「郡上踊」、香川の「滝宮の念仏踊」など24都府県の41件
▼いずれも歴史の古い、全国各地の踊り行事の先祖のような存在という。地域をまとめる役割を担うとともに、豊作祈願や厄払い、供養といった穏やかな暮らしを願う人々の思いが込められてきた。民俗学者折口信夫が随筆「夏芝居」に、こうした踊りは疫病を運ぶ悪霊を鎮める中世の念仏踊りが起源だとの見解を記していた。門徒たちが鉦や太鼓を叩きながら念仏を唱え、各地を巡ったのが地方独自の踊りに発展したというのである
▼迷信深い昔の話と笑うなかれ。コロナ禍に苦しむ現代でも、疫病を撃退する妖怪の「アマビエ」が大いにもてはやされた。日本人の心の底には今も、この世ならぬものへの畏敬の念があるのだろう。豊かな伝統が時代を越えて生き続ける。何と誇らしいことか。