ノーベル賞を受賞した実績のある米国の経済学者、ポール・クルーグマン氏が今回のパンデミックによる景気後退を「人工的な昏睡状態」と表現していた。生活に最低限必要な事柄を除き、経済活動を大幅にシャットダウンさせた結果である。『コロナ後の世界』(文春新書)に記していた
▼事故などで脳に重い損傷を負った患者の脳機能を一時的に停止させ、回復を待つ治療法に似ているというのがその理由という。なるほどうまい例えである。実際ほとんどの人にとって、外出や人との接触を半ば強制的に制限されるのは初めての経験だった。いつ覚めるとも知れない悪夢の中に閉じ込められていたようなものだ
▼それだけに去年からの行動制限全面解除は、うれしいのひと言。これでやっと仕事も遊びも元通りにできる。多くの人が胸をなで下ろした。経済活動が回復軌道に乗るのは歓迎すべきことである。ところが「人工的な昏睡状態」にあったのは普通の人々だけではなかった。詐欺師もだったのである。警察庁が2日発表した特殊詐欺の認知・検挙状況によると、2022年の認知件数(全国)は前年比20.8%増の1万7520件と大幅に増加した。コロナが始まった20年から件数は減っていたのに、一気に反転したのだ
▼被害総額も28.2%増の361億円と背筋が寒くなる金額。一方で検挙件数が0.4%増の6629件とほぼ横ばいにとどまっているのをみると、ずる賢さは増しているに違いない。動けない間にも策は練っていたのだろう。詐欺師連中だけはずっと昏睡させておきたかった。