創造とは無から有を生じさせる奇跡のような出来事ではなく、二つ以上のものを統合して新たな価値をつくり出すこと―。地球物理学者の赤祖父俊一さんは、著書『知的創造の技術』(日本経済新聞出版社)でそう教えていた
▼創造力を引き出す方法はいろいろあるが、その基本となるのは「『とんでもない』ことを『とんでもある』ことに」する取り組みだという。常識や慣例、伝統をあえて逸脱してみるのである。赤祖父さんは時計を一つの例に挙げていた。職人が手作業で部品を丁寧に組み上げる伝統を、日本が電子部品を使うことで覆したというのである。その結果、より正確な製品が安く簡単に作られ、誰もが時計を持てるようになった。職人技と最新テクノロジーを統合したわけだ
▼将棋の藤井聡太竜王が19日、第48期棋王戦五番勝負(共同通信主催)を制して最年少で六冠を達成したと聞き、その話を思い出した。藤井竜王といえば、AI(人工知能)将棋で技を磨いてきた事実がよく知られている。六冠は1994年に24歳2カ月で到達した羽生善治九段に続き史上二人目。藤井竜王は20歳8カ月だから3歳半縮めたことになる。ただ注目すべきは年齢より年代だろう。藤井竜王は小さなころから高度なAIを相手にできた。対局ではAI研究からしか出てこない意外な指し手が随所に見られるらしい
▼将棋は実戦を多く重ねてこそとの常識を軽々と飛び越えてきたのだ。残る冠は名人と王座。全冠制覇は「とんでもない」偉業だが、それも「とんでもある」にしてしまいそうな今の勢いである。