味方には甘いが敵には厳しい。人にはよくあることである。しかも自分のその振る舞いに無自覚な場合が多い
▼「ロボット」の語を生んだチェコの作家カレル・チャペックのエッセー集『いろいろな人たち』(平凡社)に興味深い一文があった。ボクシングの試合を例に挙げ、観客はひいきのボクサーの戦い方を無条件に称賛する一方、相手のボクサーには卑怯だの反則だのと非難の言葉を投げつけるというのである。相手がフェアでも関係ない。敵側には「インチキと裏切りと謀略しかない」と信じ込んでいる。チャペックは政治も同じと指摘。「相手の党の中には無能な人間と裏切り者しか見ない」上、反論されると「恥だ、裏切りだと叫び、自分たちが傷つけられた感じを持つ」という
▼まさにそんな喜劇を見ているようだ。内容の真実性に疑問のある総務省文書を示し、政権が放送法に圧力を加えたと高市早苗経済安保担当相を非難していた立憲民主党の小西洋之参院議員の立場が一転、危うくなっている。当時の安倍自公政権の闇を暴いたと思い込み勢いがついたか、小西氏は自身が野党筆頭幹事を務める衆院憲法審査会までやゆ。毎週審議を「サルがやること」「野蛮」と言い放ったのである。これには立民も幹事を更迭せざるをえなかった
▼しかも小西氏は発言を伝えた報道機関に名誉毀損(きそん)、あらゆる手段を講じて改善させるなどとどう喝まがいの行為に出る。反論され傷つけられた気がしたのだろう。報道も敵と見ればためらいなく圧力をかける。政権はだめでも自分ならいいらしい。