今の若者は知らないかもしれないが、昭和の時代に子どもだった人なら十返舎一九の『東海道中膝栗毛』をよくご存じだろう。弥次さんと喜多さんが東海道を徒歩旅行したときの道中記で、江戸後期の一大ベストセラーとなった物語である
▼二人は行く所行く所で必ずおかしな事件や騒ぎを巻き起こす。多くの人が子どものころ親しんだのは、そのドタバタ劇の面白い部分だけをまとめ、笑い話に仕立てたものである。実はただの珍道中記ではない。江戸時代の読者は本当の意味も理解して楽しんでいた。それは弥次さんと喜多さんが同性愛者だったこと。旅回りの役者だった喜多さんに弥次さんがほれ、相思相愛となって駆け落ちしたのである。性に関しておおらかな社会だったらしい
▼その流れは現代の日本にも残っていよう。生まれつきの性と心の性にずれがある性的少数者(LGBT)の問題が騒がれる前から、欧米のような激烈な拒否反応は少なかった。どこかおうように眺めていたようなところがある。もし嫌悪感が強ければ、タレントのマツコ・デラックスさんもこれほどの人気者にはなれなかったのでないか。欧米のキリスト教社会は、同性愛を宗教上の罪としてきた伝統がある。LGBT差別に立法が必要なゆえんだろう
▼日本でも今、自民党が急ピッチで「理解増進法」制定へ向け突貫工事を進めている。G7広島サミットまでに形にしたいとの思惑があると聞く。何でも欧米に合わせることもあるまい。もっと腰を据えて取り組んではどうか。ドタバタと駆け抜けても後で笑われるだけだ。