エフエムもえるは、6年前に誕生した留萌市のコミュニティ放送局です。開局以来「できることを、できる人が、できるときにやれる」仕組みづくりに努め、番組出演や、テーマと原稿の検討、音声の調整など、放送にかかわるさまざまな役割を、地元ボランティアが担当。JR留萌駅にあるスタジオには、農家や漁師、主婦、中学生、企業の社長など、多彩なパーソナリティーが代わる代わる訪れ、地域密着の情報を発信しています。
年代や、専門分野、趣味趣向を生かしたユニークなおしゃべりが話題となり、留萌、小平、増毛に及ぶリスナーの50%以上がエフエムもえるを好んで聴いている(自社調査)という人気ぶり。「縁」を大切にしたコミュニティづくりは、地域活性の新たな試みとしても注目されています。
1年365日休むことのない放送が、ボランティアスタッフの善意に委ねられたものであることに驚きます。佐藤さんが、ボランティアによる運営にこだわる一番の理由は何なのでしょうか。
佐藤 それが、エフエムもえるの存在意義そのものだからです。そもそも開局は、まちづくりの試行錯誤から生まれたアイデアでした。それは、少子高齢化や地方交付税の減少で、まちの将来に危機感を抱く市民に、まちづくりの気運が高まり始めていたころでした。
私の家業(建設業)は、行政の動きに敏感な業界でしたから、疲弊していく地方の未来をいち早く察知した行政マンや同業の先輩からまちづくりについて薫陶を受けることも多かったんです。人やお金が減っても、幸せに暮らすためには何が必要なのか。そんなことを思案するようになりました。不可欠なのは、私たち市民の惜しみないマンパワーだと思いました。なぜなら、介護、福祉、教育、除雪や排雪に至るまで、税金でまかなわれていた行政の働きをあてにしていては、立ち行かなくなることが容易に想像できたからです。
また、天気や道路情報、事故や災害の詳細、近隣住民の安否や集団下校のお知らせ、商店街のお買い得情報など、地域に特化したきめ細やかな情報を市民で常に共有できていれば、まちに問題が起きても、知恵を出し合い解決できると考えました。
当時、稚内のコミュニティFMが「コミュニティFMラジオは町の回覧板である」と称していると聞きピンときた私は、市民の自発的意志と行動(ボランティア)のもとで、「マチの聴こえる回覧板」をつくってみたいと思い立ちました。もえるの放送や運営には、その気さえあれば、誰でもかかわることができます。それは私が思い描いていたまちづくりの姿と重なりました。
「その気」を維持するために、どんな工夫をされているのでしょうか。
佐藤 警察からの情報対応、緊急対応、スタジオの留守番や穴埋めなどは株式会社エフエムもえるが担い、彼らの負担を軽減しています。ただし、運営の要はあくまでもボランティアスタッフ。私の役目は事業を拡大することではなく、もえるに集う皆がおしなべて自由に真剣に楽しめる環境を整えること。局を宣伝しスポンサー集めに走り回り、もえるの応援者を増やすことも、スタッフの奮起につながっていると信じています。
個人の自由意志を尊重しているにもかかわらず、エフエムもえるには、全員野球のような結束力を感じます。
佐藤 そこが地縁の強い地域の良さなんでしょう。実は、そんな留萌が以前は嫌いでした。いつでも誰かが噂になっている故郷の閉鎖的な雰囲気が窮屈だったんです。でも、もえるからきこえてくるのは、まちの良いところを伝える声や、まちの未来に寄せる建設的な意見ばかり。私が今まで感じたことのない明るさに満ちていました。
正直、コミュニティ放送局が開局すれば、留萌が自分の好きなまちに変わるのではないかと期待していました。だけど、変わらなくちゃいけないのは、私の見方だと気づいたんです。留萌は小さなまちですが、人と人のつながりを感じることができる、ほどよいサイズ。この安心感が、住む人を幸せにしてくれます。
過疎化や財政の逼迫(ひっぱく)も都会の尺度で計られているだけの問題なのかもしれません。もえるが伝えているのは、等身大の留萌。どこかと比較し無いものねだりをしがちだったリスナーも、地元のありのままの良さを感じていると思います。
住んでいる人に、地元に対するポジティブな視点が備われば、まちは見違えるほど変わっていく。その変化を励みに、私も含めまちの人それぞれがさらにハッピーに暮らせるような「仕掛け」を、今後も社会起業として模索し続けていきたいと思います。
取材を終えて
大勢に委ねない視点と気概
ゴールデンタイムの聴取率12%(自社調査)は、メディアとしての存在感を物語る数字。エフエムもえるは、商店街からも、漁から戻る船からも聞こえてくるよ、と地元の人が教えてくれました。「狭くても深い情報はもえるだからこそ。小さな放送局ですが、大手と対等なメディアだと自負しています」と話す佐藤さん。大勢に委ねない視点と気概がうみだす次なる「仕掛け」が楽しみです。