2014年に西アフリカでアウトブレイク(大流行)したエボラ出血熱は、致死率が極めて高い人獣共通感染症です。エボラウイルスは1976年に中央アフリカで発見されました。感染源は密林に生息するコウモリである可能性があり、これまでもアフリカ諸国で、流行と収束を繰り返しています。いまだ有効な予防法も治療法も確立されておらず、今回は、現地で治療にあたった欧米の医療関係者等にも2次感染が相次ぎ、事態が深刻化。世界保健機関(WHO)によれば、感染規模は過去最大となっています(患者数2万6312人、死亡者数1万899人/4月29日付の発表)。最前線でエボラウイルスの研究を続ける高田さんにお話を伺いました。
★今回のアウトブレイクでは、アフリカから帰国した日本人の感染も疑われ(検査で陰性と判明)、その脅威をあらためて感じた日本人も少なくなかったと思います。
☆高田 感染性や病原性が非常に高いエボラウイルスは、バイオセーフティーレベル4(BSL―4)と呼ばれる最も厳重な生物学的封じ込め施設でしか取り扱いが許されません。そのため研究は、CDC(米疾病管理予防センター)など、欧米の限られた研究所で行われてきました。
私は、96年に北大大学院獣医学研究科博士課程を修了後、大学の先輩である河岡義裕氏(現東大・米ウィスコンシン大教授)からのお声掛けで、当時、セント・ジュード・チルドレンズ・リサーチ・ホスピタル(米国テネシー州)にあった彼の研究室に在籍しました。そこで、CDCから譲り受けたエボラウイルスの遺伝子だけを元に、研究に着手。BSL―4施設はありませんでしたが、ヒトに感染しないウイルスの表面にエボラウイルスの成分を置換した〝偽エボラウイルス〟をつくり、通常の実験施設で、エボラウイルスが細胞に侵入するメカニズムを調べ始めました。
その頃、エボラウイルスに対しては、感染を抑える中和抗体があまりできないと考えられていました。しかし、帰国後も研究を進めた結果、エボラウイルスに対する抗体の中に感染性を増強する抗体を発見。それが中和抗体の働きを相殺していたと分かったんです。さらに、抗体による感染増強のメカニズムも解明できました。
その後は、感染増強抗体と中和抗体のバランスに着目し、中和抗体の働きを誘導する方法を試行すると同時に、中和抗体を治療に利用するための研究も行ってきました。12年には、ヒトに病原性を持つエボラウイルス4種類のうち1種類に対してのみですが、マウスの抗体を元にヒトの治療用抗体を試作。エボラウイルスに感染させたアカゲザルに投与し、治療効果は認められたものの、当時は製薬会社の関心も薄く、残念ながら抗体医薬の開発には至りませんでした。今回のアウトブレイクに間に合わず、本当に悔しい思いをしました。
★昨年からの未曽有のアウトブレイクは、多くの人がエボラウイルスの研究に関心を寄せるきっかけになっていると感じています。
☆高田 今回、未承認薬ながら、一部の感染者に投与された「ZMapp」は、私たちと同様の研究をもう少し踏み込んで行っていた米国のバイオベンチャーが開発したものです。しかし、ZMappも1種類のエボラウイルスにしか効果がないと思われます。
私たちは昨年、現在発見されている全てのエボラウイルスに有効であるかもしれない抗体を見つけました。いずれは動物実験に進み、抗体医薬の開発を目指して研究を続けています。また、デンカ生研株式会社と共同で、わずか15分ほどでエボラウイルスの感染の有無を判定できる迅速診断薬の試作品の開発に成功しました。
爆発的な集団感染を防ぐためには、流行の初期段階で、臨床現場において、感染の有無を速く容易に判別する事が不可欠で、アジアやアフリカなど世界への普及を視野に動いています。
これらの実用化には、さらに知見を深め、検証を重ねる必要がありますが、日本国内にはBSL―4施設が稼働しておらず、海外の研究所に出向かざるを得ません。日本人研究者としては口惜しい現状です。
★高田さんは、アフリカのジャングルに何度も赴き、疫学調査も積極的に行っていらっしゃいますよね。
☆高田 エボラウイルスも自然界で存続しています。感染したヒトやサルが亡くなれば、ウイルスも死滅してしまい、ウイルスは生き残るために、感染しても無害な動物(自然宿主)に普段は宿っているはずなんです。
密林にいる自然宿主を突き止め、ヒトや他の動物への感染経路を解明し断つ事ができれば、エボラ対策は大きく前進するでしょう。エボラウイルスは普段どこにいるのか、なぜこれほどまで命を奪うウイルスなのか、浮上する謎を片っ端から明らかにしようという思いで研究を進めてきました。
感染症を制御するための薬やワクチンの開発は重要な課題ですが、それだけが研究の目的ではありません。またいつ新たなウイルスが発見されるかもしれませんし、エボラウイルスに関し今分かっていることはほんの少しだけだと言ってもいいでしょう。
科学の純粋な目標は、目前にはだかる分からない事の解明にひたすら挑み続ける事だと思うんです。ウイルス学の研究者として、できること全てに取り組んでいこうと思います。研究にゴールはないですね。
取材を終えて
知的好奇心に心打たれ
小学生のころから剣道に打ち込んできたという高田さん。全ての所作を「正しく速く」という剣道の教えは、研究にも生きているかもしれないとおっしゃいます。緻密な研究の舞台裏で挑み続ける、高田さんのあくなき知的好奇心に心打たれるインタビューでした。