目の不自由な人が道で危険な状況に陥っているのを見て、安全に歩けるようにしたいと考えたのが出発点だったそうだ。点字ブロックを開発した岡山市の発明家三宅精一氏のことである
▼氏は試行錯誤の末、1965年に製品を考案。67年に最初のブロックを市内の交差点に敷設した。ところが当初6年ほどはほとんど注目されず、普及も進まなかったらしい。世は高度成長期。福祉への関心がまだ低かったのである。潮目が変わったのは73年頃。バリアフリーの思想が社会に広まり、駅のホームや東京都の福祉施設周辺地域に相次いで採用されてからだったという。氏の弟の三宅三郎一般財団法人安全交通試験センター理事長が財団のHPで振り返っていた
▼認知症対応も同じ道を歩むのでないか。おととい、銀行やスーパー、交通機関といった暮らしに関係する団体と認知症の当事者、中央官庁など約100団体が結集し、「日本認知症官民協議会」を立ち上げた。病を得ても暮らしやすい社会の実現を目指す。厚生労働省の推計によると、2025年には認知症患者が高齢者の5人に1人に上る。誰にとっても人ごとでない。自分が発症したとき、駅や銀行に理解のある人がいる、地域に気軽に集える場がある、不安なく出掛けられる環境が整っている―。そうであればどれだけ安心か
▼これら対応も点字ブロックのように、遠からず当たり前の存在になっていくに違いない。協議会は今後、当事者の視点を大切に具体策を検討していくという。これを機に認知症に対する一般の意識がさらに高まるといい。