塔博士と呼ばれた建築家内藤多仲は自身が設計した東京タワーの優美さについて、後にこんなことを語っていたという。「無駄のない、安定したものを追求していった結果できたものだ。いわば数字の作った美しさ」。昨12月に見た番組『美の巨人たち』(テレビ東京)で仕入れた知識である
▼空の一点に向け伸び上がる鉄骨の曲線美も、333mの高さもタワーの安定を数字で突き詰めていった末の答えだったのだ。ほとんどの建築は意匠を重視するため、数字だけで表現される例はそう多くない。一方で土木は東京タワー同様、数字が主役である。治水はその典型だろう。例えばA川で時間雨量X㍉の雨がY時間降ると水位はZm上昇。流域の洪水を未然に防ぐには高さHmの堤防がL㌔必要といった具合
▼通常の治水施設で調整できない場合はダムも検討される。4日の豪雨で大きな被害が出た熊本県南部球磨川流域の惨状を見て、現地で長年懸案となっているダムの件を思い出さないわけにはいかなかった。川辺川ダムである。今回も広範囲に浸水した人吉市で球磨川に合流する川辺川に建設が予定されていた。2008年に熊本県が折からの脱ダムの世論に押され計画の白紙撤回を表明。翌年、当時の民主党政権が中止を決めた
▼同時に中止された八ッ場ダムがその後再開し、去年の台風19号で流域の被害軽減に役立ったのはご存じの通り。数字は冷徹だ。川辺川ダムが計画された当時から、数字上、危機は目の前にあった。ダムによるにせよよらぬにせよ、この危機を乗り越える答えは今すぐ必要だ。