大手チェーン店が進出してくる前から、ドーナツは誰もが大好きなおやつだった。子どものころ、台所から甘い香りが漂ってくるとわくわくしたものだ。家庭で簡単に作れるのもいいところである
▼長田弘さんの詩に「ドーナッツの秘密」がある。「ごく簡単なことさ。牛乳と卵とバターと砂糖と塩、ベイキング・パウダーとふるった薄力粉、それから、手のひら一杯の微風、ボウルに入れて、よく掻きまぜて練る」。そう始まって、「熱い油のプールで静かに泳がせる」「きれいな粉砂糖とシナモンをまぶす」と次第に出来上がっていく。読んでいると無性に食べたくなる。そんな愛すべきドーナツがやり玉に挙げられた悲しい事故だった
▼2013年、長野県の特養老人ホームで、当時85歳の入所女性がおやつのドーナツを食べて窒息死したのだ。介護職員を手伝いドーナツを提供した准看護師が業務上過失致死罪に問われた。1審は有罪だったが准看護師は控訴。東京高裁が28日出した判決は逆転無罪だった。女性のおやつは喉詰まりを防ぐため事故の約1週間前、ゼリーに変更されていたという。配膳を手伝っただけの准看護師に分かるはずもなかった。それが罪になるなら介護の現場は立ちゆくまい
▼高齢者や病人の食事介助はかなり神経を使う仕事である。体勢から一口の形状、食べ進むペースまで。一方で介助される側にとって食べることは栄養を取る以上に楽しみなのだ。亡くなった女性もドーナツがうれしかったろう。十分に注意しながら、介護は生きがいに寄り添う仕事であり続けてほしい。