アイヌ文化研究者の萱野茂氏が聞き書きで集めたアイヌの昔話『炎の馬』(すずさわ書店)に、「シカを妻にした男」という話があった。貧乏な男の前にある日、素晴らしく器量の良い娘が現れ、気の合った二人は結婚するのである。その娘がシカの神だったのだ
▼仲良く暮らしていたが、男は妻が昼間によく居眠りをするのを不思議に思っていた。そこで狩りに行くとうそをつき、こっそり戻ると寝ているのはシカ。正体を知った男は腹を立て、矢で殺してしまう。ひどい男である。妻だったシカの神が夢に出て嘆く。「自然の中で暮らしている多くの動物たちは、夜動き回って昼の間眠るのが普通なので、あのように居眠りが出たのです」
▼この話は本道で昔からシカの習性が知られていた事実を伝える。正確には夜行性でなく、薄明薄暮性で日の出前と日没直後に活動することが多い。標茶町の国道で26日発生したシカとの衝突が原因とみられる交通事故も、午後4時45分ごろだからまさにその時間帯である。事故ではワゴン車とトラックが正面衝突し、ワゴン車の男性2人が死亡した。現場にはシカの死骸もあったそうだ。筆者も同じ標茶町の塘路湖付近を運転中、シカとぶつかったことがある。左の林から突然出てきたのだ
▼かねてから地元の友人に「シカが飛び出しても急ハンドルで避けるな」と教えられていたため、車は壊れたが人身事故にはならずに済んだ。去年の道内シカ関係事故は前年を498件も上回る4009件。人ごとではない。シカの習性と、とっさの対処法は頭に置いておきたい。