真砂徳子の起ーパーソン 明日をひらく人々 第13回 ジェルデザイン 常務取締役研究所長・事業開発担当 附柴 裕之さん

2010年05月07日 11時20分

 ジェルデザインは、附柴さんが、北海道大学大学院在籍中より研究に携わっていた「高機能ジェル」の実用化を目指しスタートした会社です。主力商品の「ジェルクール」は、ふたと保冷剤が一体となった画期的な弁当箱で、食事時まで食材の食感とおいしさが保たれると、発売以来、絶大な支持を得ています。また「ジェルクール」シリーズの中には、売り上げ1個に付き魚1匹が、絶滅の危機にさらされているホッキョクグマの餌として寄贈されるものや、風力発電の電力で製造されるものもあり、その人気とともに、地球規模の諸問題を意識した「ものづくり」が話題です。

最先端の研究開発を趣旨とする大学発ベンチャーが弁当箱を開発するとは、ユニークな取り組みだと思いました。

附柴 裕之さん

附柴 創業当初、立ち上げたのは企業の依頼で研究や製品開発を行う受託開発事業でしたが、専門性の高い単発の受託ばかりでは、安定収入にならない。知名度も信用度も低い会社が、ジェルの素材開発をしていると説明しても、ほとんどの人が理解できず、受託以外で収益を上げるビジネスモデルの必要性を実感しました。そこで、本旨である研究開発型企業としての財源を確保するためには、まず、一般消費者に売れる商品を開発し、広く長く流通させたいと考えたのです。

 そんな時、ジェルが保冷剤にも入っている素材であると知った主婦の方が、弁当は温度が上がると食材が傷みやすく、見た目も味も損なわれるので夏は保冷剤を付けているけれど、弁当箱のふたが保冷剤になっていれば、と開発のヒントをくれたんです。これなら当社らしさを発揮できる商品。全国300万人の園児の弁当作りに励むお母さん、2,000万人のOL、学生やサラリーマンも含むマーケットを考えれば、相当な事業になると思いました。

 調べると、当時の弁当箱市場は70億円ほどの規模。毎年出荷される1,500万個のうち、一番ヒットしていたのは、洗練されたデザインとは言い難いキャラクターものでした。健康志向、安全志向の高まりによる弁当箱の需要増加を予想し、ライフスタイルに配慮する高感度な人が注目する弁当箱を作れば、際立つ存在になると確信。モニター調査と試作、試験販売を重ねました。求めていた「用の美」を具現してくれるデザイナーとの出会いもあり、最終的には、ヒントをくださった主婦の方も、これが欲しかった、と目を輝かせる弁当箱の商品化がかないました。

ヒット商品の誕生には、消費者のニーズを的確にとらえカタチにする附柴さんの経営センスが生きていたのですね。

附柴 「一流の研究者は、自分の専門分野について、その領域の研究者にも、専門外の研究者にも、小学生にも、同じ内容を同じ理解度で伝えることができなければならない」と、恩師から教えを受けました。誰にも追随できないほどの深い専門的知見を持ちながら、マーケティングやデザインのセンスといった「世の中への出し方」にも長ける研究者になることが、私の目標になっています。社会の動向を見据え、どんな価値をどのように提供していくべきか。研究で培った視点や表現力は、現在の活動にも通じていると思います。

商品の人気も定着し、経営は順調そうですが、代表を交代された(附柴さんは、2010年3月12日まで代表取締役社長)のは、なぜですか。

附柴 起業より5年半、消費者の目線を大切にした「ものづくり」を実践し、売れるものができました。こうした事業を通じ、暮らしを便利で快適にする道具を生み出すだけではなく、それを使う人々の豊かな気持ちを創出することこそが大切だと再認識できました。体制の変更は、既に立ち上がっている事業の成長と、不十分な成果しか得られていない大学との共同研究の事業化、この双方を目指し、そもそもの設立趣旨である研究開発型の企業活動を強化するため。私が研究開発と事業化に専念することになりました。

 今は、道産米粉等の天然素材を原料に、ユーザーの安心、安全、環境負荷の軽減を実現するクリーニング業者用洗濯のりの開発と事業化に力を入れています。磯焼けで荒廃が進む海に海藻を増やすための素材開発と実用化を推進するため、NPOの理事も務めることになりました。

 世の中に大事なもの、必要なものとは何か、という問いに対する解決策は、必ずしも営利活動によって実現されるものではないと思います。一人でも多くの人が「自分の暮らしは豊かになった」と感じていただける、持続可能な活動を担うことが私たちの目指すところ。その実現には組織、立場、あるいは国境を越えたさまざまな人々の協働が必要なのかもしれない、と最近特に感じています。

取材を終えて

他と分かつ豊かさに真価

 幼いころ、家族や親せきと楽しんだ海遊びの記憶が、今でもよく、当時の幸福感と共に鮮烈によみがえってくるという附柴さん。その様子こそ「心の豊かさ」を象徴しているのではないかと話していました。附柴さんの活動にすがすがしさを感じるのは、他と競い誇示する「豊かさ」ではなく、他と分かち生まれる「豊かさ」の真価を、私たちに伝えてくれるからではないかと思いました。


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