今春、名称を変え新たに始動した「札幌・北海道コンテンツ戦略機構」。前身の「さっぽろフィルムコミッション」立ち上げ時(2003年)より、映画やドラマのロケーション誘致や撮影支援、若手クリエイターの育成、地元映像産業のプロモーション等、多岐にわたる事業に携わり、地域の経済・文化活動の活性が期待される北海道の「コンテンツ産業」醸成に力を注いできました。「コンテンツ産業は、感動産業」と話す井上さんにお話を伺いました。
日本のアニメーションやゲームソフトが世界的に人気です。今や「コンテンツ産業」は、国家が注目する成長産業ですよね。
井上 近年で言えば、日本での韓流やKポップの流行も韓国の仕掛けによるものです。また、シンガポールや香港、オーストラリアをはじめ海外の多くは、フィルムコミッションの活動そのものが「コンテンツ産業」に包括されています。
日本のフィルムコミッションは、映画制作にかかわるロケ地のあっせんや撮影スタッフの宿泊・食事の手配等の役割に始終しがちですが、私たちの正念場はむしろ撮影終了後、ロケ誘致をいかに地元に還元できるか、に知恵を絞ることなんです。
例えば、現在携わっている観光プロモーションもそのひとつ。中国で大ヒットし、今年日本でも公開された映画「非誠勿擾」(邦題「狙った恋の落とし方」)は道東等が舞台で、中国での北海道人気に火を付けたと話題になりました。
時同じく、政府が中国人向け個人観光ビザの発給要件を緩和。私たちは、こうした機会を逃さず、最も観光誘客が見込める「層」を入念に分析し、ターゲットの「30代女性」に影響力があると思われる中国の人気女性誌に北海道取材を依頼しました。取材先は、中国人観光客が買い物も食事もしやすく、受け入れ環境が整っている場所を意図的にコーディネート。雑誌発刊後には、中国側と協力し、北海道の観光ツアー開催も予定しています。
フィルムコミッションの活動は映画制作のお手伝い役ではなく、映画という「コンテンツ」を活用した地域貢献なんですね。
井上 コンテンツは映画ばかりではありません。実際世の中には、映画より、雑誌を読んだりゲームをしている人の方がはるかに多いでしょう。ときには音楽だったり、漫画だったりフィギュアだったり…。私たちの役割は、ターゲットや社会のニーズによって、大げさに言えば誰かの人生観を変えるくらいの、インパクトある「コンテンツ」を選択し組み合わせて、魅力ある素材に「感動」という付加価値を加えることだと考えています。
北海道のコンテンツ産業の可能性は。
井上 自然景観や食をはじめ、特にアジアにおいて、北海道はオンリーワンの素材の宝庫です。そこを「コンテンツ」でどう味付けするかが私たちの課題ですが、目指しているのは一過性のブームではなく、高め安定の北海道人気。そのためには、北海道の普段の生活の中で発見できる「幸せ」をより広く伝えることが大切です。
15年ほど前、東京から十勝に移住したばかりのころ、農作業を手伝い夕方の畑で斜光の中にいる時間が至福でした。雪山でダイヤモンドダストに出会えたひとときも忘れられません。そのような風情は冬の訪れを告げる町中の雪虫からも感じられます。
北海道が今の価値を損なわない方法で、今のままの北海道を愛してくれる人を地道に増やし、地域の底力を着実に上げ続けていけば、北海道人気は衰えないと思っています。ハワイが日本人にとって憧れの地であるのと同様に。
コンテンツ産業といえばエンターテイメント。華々しい仕掛けばかりをお考えなのだと想像していました。
井上 コンテンツは、感動につながる手段です。それによって、私たちは笑ったり泣いたりできる。コンテンツ産業が成長し、感動がありふれたものになれば、人間はもっと精神的に豊かになっていくのではないかと想像しています。
北海道のコンテンツ産業に携わる私たちに求められているのは、これまでのフレームを壊す新奇な試みというより、緑とか水とか、私たちが心豊かに生きていくために在り続けるものと新しいものの調和の模索ではないでしょうか。
心の豊かさは目に見えるものではありませんが、私たちの活動を通し、北海道を訪れる人たちのみならず、住む人たちの心も満たすことができれば。北海道の感動的な魅力が子供の代に至るまで続くように、打ち上げ花火のような派手さはありませんが、焦らず粛々と仕事をしていきます。
取材を終えて
色あせない魅力を実感
井上さんの座右の銘は「悪あがき」。趣味の登山では、困難な状況に自分の限界を感じた後、もう10%、20%あがくことで、ようやく100%の力を実感できるのだそうです。「もちろん仕事でも悪あがき。結果がすぐに出なくても、10年後50年後に出るかもしれない」と話す井上さん。時代を大観する井上さんの言葉に、北海道の「色あせない魅力」の価値を実感しました。