真砂徳子の起ーパーソン 明日をひらく人々 第28回 旭川医科大 学長 吉田 晃敏さん

2011年02月25日 10時29分

 旭川医科大学は、日本の遠隔医療のパイオニアです。初導入は1994年。既存のISDN通信網を活用し、余市協会病院の眼科診察のカラー動画と音声を、150kmほど離れた旭医大眼科教室にリアルタイムで伝送。これにより双方の医師は、疾患の状態を同時に把握、検討しながら、患者にとって最良の方法で診療できるというもので、医療過疎地の患者にもきめ細やかな診療を、と願う吉田さんの発案で実現しました。96年、ハーバード大学(米国)と結んだ国際遠隔医療の成功を皮切りに、ネットワークは海外にも拡大。2006年の国際学会(シンガポール)では、吉田さんが執刀した旭医大の糖尿病網膜症手術が、世界で初めて立体高精彩(3D―HD)映像で供覧され、海外メディアや各国の医療関係者の間で大きな反響を呼びました。旭川発の革新的な取り組みで「格差なき医療」を目指す吉田さんにお話を伺いました。

吉田さんが目指す「格差なき医療」とは。

吉田 晃敏さん

吉田 患者さんがどこに住んでいても、世界最高水準の医療を受けられる、時空を超えた医療です。遠隔医療は、それを可能にする最も有効なシステム。そして医師と患者の「心」を結ぶものでもあります。

 私は眼科医になり間もなく、ボストンのハーバード大学に留学し、網膜剥離の手術法を開発したスケペンス教授に師事しました。教授は「網膜剥離の父」と呼ばれる眼科医療のスペシャリストで、高齢の患者さんの腕をとり診察室まで案内するほど「医療の主人公は患者である」という姿勢を貫いている人物でした。

 その頃ボストンでは、医師が患者さんにカルテを開示し提供する運動も起きていました。治療半ばで転居せざるを得ない患者さんの診療が、病院を替えても円滑に行われる「配慮」に共感の輪が広がり、今では、「カルテは患者のもの」という趣旨の法律が、全米半分ほどの州で制定されています。

 日本ではまだインフォームドコンセントが十分ではない時期に、医師の「心」を学び帰国した私は、控え室で患者さんを待つ家族に手術映像の公開も試みています。患者さんの周囲の人達に病気を理解していただくことが治療の一助になると考えたからでした。

 「隠さず説明する丁寧な医療」は、医師が一人一人の患者さんに誠実であることの表れ。つまり遠隔医療も、医師の「心」を実践するひとつの手段であり、そのための環境が整わないときには、国や企業に協力を求め、新たなシステムの開発にも積極的に挑んできました。

どんなにテクノロジーが進歩しても、医療には、医師の高度な知見と技能が必要だと思います。遠隔医療によって実現が期待される「最高水準の医療」とは。

吉田 確かに、とりわけ患部が小さい眼科の手術や治療は、顕微鏡を駆使した非常に緻密な作業になり、対面診療においても、疾患部の画像の明瞭さが鍵。その点、我々の遠隔医療では、立体高精彩映像も採用し、患者の眼をあたかも今目の前で診ているかのような臨場感を重視していますから、遠方にいる名医にだって、ネットワークさえつながれば、誰でも診療を受けることが可能なんです。

 国際学会でも同様の方法で手術映像を公開していますので、教育の観点で言えば、繊細で高度な医療テクニックが一度の放映で数千人規模に伝授できます。送受信した手術映像はサーバーに蓄積し、オンデマンドでいつでも好きな時に閲覧できる仕組みもつくりました。後進国の医療向上や医師の養成等にも一役買っています。こうした遠隔医療による情報共有は、結果として、医療全体のレベルの底上げにもつながっています。

広大な土地に町が点在する北海道では、天候や天災で交通ネットワークが遮断されることも少なくありません。遠隔医療によって得られる「安心感」は、持病に苦しむ人ばかりではなく、多くの人にとって代え難いものだと思います。

吉田 私も、かつては、よく風邪をひく少年でした。父の転勤で過疎地と呼ばれる地域への転居も多く、遠くの病院までのあの長い道のりが、病弱な子ども時代の原体験としてよみがえります。医師の使命は、一人でも多くの患者を治すこと。「人は動かず、情報を動かす」遠隔医療がもっと活用されれば、想像以上の規模で、その使命はかなうはず。病院は誰にも身近になり、医療過疎地の住民が抱える心の不安も解消されると期待しています。

 もともと旭医大は、道北・道東地域の医療過疎解消を目的に創設されましたが、今や道内のみならず全国各地で医師不足。医療後進国もまだまだ多く、十分な医療を受けられない多くの人たちのことを思えば、我々の仕事にシーリング(天井)は無い、作っちゃいけないと、奮起します。

 現代の高度な情報通信技術をもってすれば、旭川とスペースシャトルとの遠隔医療も夢じゃないんですよ。やりがいがあります。無限の可能性を秘めた遠隔医療で、医師の志(スピリット)は高まり、市民はより安心できる。そして医療が充実すれば、世の中は明るくなると信じています。今後も、医療を通し、そのような希望に満ちた未来図を、多くの患者さん、医師仲間らと共に思い描いていきたいと思います。

取材を終えて

「人前力」が医師の心技

 吉田さんの言葉による「人前力」。患者さんとのコミュニケーションで育まれる医師の心技をそう表現し、教育や啓蒙に努めているそうです。机上の医学だけにこだわらず、医療の核心を心得た「吉田イズム」が未来に託す力強いメッセージを感じるインタビューでした。


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