誰でも一度や二度は人生に行き詰まりを感じたことがあるのではないか。10年ほど前、そんな人を支え励ます歌がはやった。シンガーソングライター馬場俊英さんの「スタートライン~新しい風」である
▼歌詞の中に胸を打つこんな印象深い一節があった。「だけど そうだよ どんな時も 信じることをやめないで きっと チャンスは何度でも 君のそばに」。歌に勇気や希望をもらった人も多かったに違いない。9日の陸上日本学生対校選手権男子100m決勝で東洋大の桐生祥秀が日本人初の9秒98を記録し、「世界のスタートラインにやっと立てた」と語っているのを聞きその歌を思い出した
▼桐生選手も高3で10秒01の自己ベストを出して以来、それを更新できず「くすぶっていた」ことに苦しんできた。今大会も左太ももに違和感を持ちながらの出場だったという。ただそれがかえってスタートの思い切りにつながったらしい。自分を信じ、何度でもチャンスに挑んだ末につかみ取った9秒台である。日本初ではないにせよ、自分初のスタートラインといえば就職もその一つだろう。来年春採用の就職戦線も既に佳境を過ぎ、内定を決めた学生らが随分といるようだ。桐生選手の快挙に自らを重ね、気合を入れ直した人もいたのではないか
▼まだ内定が決まっていない人も腐ることはない。「くすぶっていた」期間が長くても、自分を信じ挑戦し続ければいつか栄光は訪れる。案外、悩み試行錯誤している時間こそが成長の糧になるのかもしれぬ。桐生選手の9秒98はそんなことも教えてくれた。