アイヌ民族として初めて、1994年から98年にかけて国会議員を務めた萱野茂さんは、一人の老人が語ったこんな言葉を忘れることができなかったという
▼「土を掘れば、石器も土器も出てくるが、言葉、おれたちの祖先の言葉は出て来ないもんなー。言葉は土に埋まっていない」。80年に出した著書『アイヌの碑』に記していた。守る努力をしなければ遠からず文化は消えてしまうと危機感を抱いていたのである。国連総会で「先住民族の権利に関する国連宣言」が採択されてから、きょうでちょうど10年になる。これに後押しされる形で衆参両院は「アイヌ民族を先住民族とすることを求める国会決議」をまとめ、政府もやっとアイヌを正式に先住民族として認めたのだった
▼宣言は、国が先住民族としてのアイヌの権利を守る制度的枠組みをつくり始めるきっかけになったといっていい。ただしそれは惜しくも宣言採択の1年前に亡くなった萱野さんの地道なアイヌ復権の取り組みがあったからこそである。これもその延長線上にあるというべきだろう。開発局営繕部が、国立アイヌ民族博物館の主体を早ければ来週早々にも公告するそうだ。きのうの本紙1面に出ていた。歴史や文化への理解を深め、広く情報発信をする施設である
▼アイヌ語が日常的に学ばれ、当たり前に聞かれる空間になれば、「言葉は土に埋まっていない」と嘆いたあの老人の魂も救われよう。過去を陳列棚に飾るだけの博物館にとどまるのでなく、民族の多様性を認め次代のために寛容な社会をつくる最前線にできるといい。