真砂徳子の起ーパーソン 風をおこす人々 第29回 新渡戸稲造と札幌遠友夜学校を考える会会長 秋山 孝二(あきやま こうじ)さん

2013年10月18日 17時43分

 札幌遠友夜学校は、新渡戸稲造夫妻が、さまざまな事情で就学できない児童・生徒のために1894年に創設した夜学です。授業料も、生徒に提供される学用品も無料。男女共学で年齢は不問。貧しい家の子どもにも広く門戸を開き、閉校(1944年)までに、数千人もの生徒が学びました。秋山さんは、〝ボランティアの原点〟ともいわれる札幌遠友夜学校には、新渡戸稲造の高邁(こうまい)な精神が息づいている、と話します。

★「新渡戸稲造と札幌遠友夜学校を考える会」(以下、考える会)は、今春始動しました。経緯は。

秋山 孝二さん

☆秋山 昨年、新渡戸稲造生誕150周年を記念し講演会が開催されたんです。あらためて新渡戸稲造の偉業と、札幌遠友夜学校の意義を知る内容でした。

 札幌遠友夜学校は、日本と世界の将来に思いをはせた新渡戸があたためていた教育構想でした。新渡戸は、札幌農学校で自主独立の精神を学び、開拓使に奉職後、アメリカ留学時に結婚。札幌農学校の教授職着任のため、メリー夫人を伴い札幌に戻って数年後、夫人の実家に長く仕えた老婦人の遺贈金が届いたのだそうです。この遺産が、学校開設の原資となり、新渡戸の理想の学びやが札幌で実現しました。

 新渡戸は、農学校勤務の傍ら、札幌遠友夜学校の初代校長として、無給で地域の子弟のために尽くし、過労による療養で札幌から転居してもなお、授業の見学や講話のために学校を訪れるほど、心血を注いでいたようです。新渡戸亡き後も、札幌遠友夜学校の運営は、遺志に共感する多くの市民の寄付に支えられ、無償で校務や教師を買って出た札幌農学校や旧北海道帝大の学生は600人以上にも及びました。

 新渡戸の志を継ぐ教育が、50年もの長きにわたり、市民有志のボランティアで育まれ、実践されてきた史実に感銘を受けると共に、近年の札幌市民が、その価値をどれほど認識しているだろうかと、自身を省みました。

 この講演会が機で同志と議論が始まり、考える会を発足。早速、街区公園の整備計画が進められている学校跡地(札幌市中央区南4条東4丁目)の一隅に「新渡戸稲造と札幌遠友夜学校記念館」(仮称)の建設を発起し、5月には市議会に陳情のご説明にあがっています。活動の第一歩を踏み出しました。

★秋山さんも以前は教師でした。現在は、公益財団法人秋山記念生命科学振興財団の理事長も務め、研究助成や人材育成、地域産業の振興などに寄与されています。ご経歴と、教育や社会貢献に尽力した新渡戸の軌跡が重なります。

秋山 孝二さん

☆秋山 千葉大の教育学部を卒業後、東京の公立中学校で5年間、教べんを執りました。けんかの絶えない生徒や、不登校の生徒もいて、新米教師ながら、教え子それぞれの事情や思いをくめるようにと、懸命に向き合っていました。顧問をしていたバレーボール部が、都大会でベスト8まで勝ち進んだ時にはうれしかったですね。子どもたちから教師の喜びを教えてもらった教員時代でした。

 その後退職し、79年に親族が経営する医薬品卸売業の株式会社秋山愛生舘(98年に合併し、現在は株式会社スズケン)に入社しました。財団は、87年に4代目社長の秋山喜代個人の出捐金でスタート。私は、92年に5代目の社長に就任し、その後はスズケンの副社長を務め、2002年に退任。以来、財団の事業を軸に多くのボランティア活動に関わっています。実は3代目の社長も、北大薬学部創設を発起した一人で、自腹で奨学金も出すほど人材育成に熱心な人物。財団設立は、その遺志を継いでのことでした。未来の担い手に希望を託し、私も地道に活動を重ねています。

 その時その時の使命をただひたすらに努めてきたこれまでです。私の人生をパズルに例えるなら、「教育」や「社会貢献」は、それをつなぎ合わせるピースのようなものかもしれないですね。60歳を過ぎようやく感慨深く振り返ります。

★新渡戸稲造は、世界に「武士道」を伝え、国際連盟事務次長も務めた、世界に名をはせる教育者であり、国際人です。その偉業に敬意を表す方は道内外にたくさんいらっしゃると思います。

☆秋山 新渡戸研究者は全国各地におられ、ゆかりの各地でその功績をたたえる活動も熱心に行われています。新渡戸の志を継承する大学や高校も多く、規模を問わず、多くの有志が新渡戸の理念を踏襲し、さまざまな教育の機会を模索されています。考える会は、そうした皆さんにも積極的に働き掛け、皆さんが集い、語り合い、学び合える場をつくるプラットホームのような役目も担えるのではないかと期待しています。

 「学問より実行」と、「何人にも悪意を抱かず、すべての人に慈愛を持って」というリンカーンの言葉は、新渡戸が掲げた札幌遠友夜学校の教育理念です。札幌遠友夜学校は、机上の学問だけではなく、いかに行動し生きるかを問う〝心の教育〟が継がれた場所でした。その歴史が刻まれた札幌から、新渡戸が標ぼうした精神文化を広く発信し、次世代へつないでいきたいですね。

取材を終えて

先人のスピリット知る

 東日本大震災を経て、21世紀の行方を模索する今こそ、札幌遠友夜学校の跡地が発するメッセージに謙虚に耳を傾けたいという秋山さん。そのシンボルである記念館は、民間からの募金や寄付などファンドレイジングによる建設を構想。新渡戸の精神を継ぐ気概を感じます。札幌の地に脈々と流れ、未来に希望を灯し続ける先人のスピリットを知るインタビューでした。


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