真砂徳子の起ーパーソン 風をおこす人々 第32回 有限会社山崎ワイナリー栽培担当 山崎 太地(やまざき たいち)さん

2013年12月06日 15時11分

 多彩な〝地ワイン〟がそろう道産ワイン。近年は少量生産ながら、独自の味わいを追求する小規模ワイナリーも増えています。山崎ワイナリー(三笠)は、太地さんの父和幸さんが、一農家としては日本で初めてワインの酒造免許を取得し、2002年に起業した先駆けです。ブドウの栽培、醸造、瓶詰め、販売までを一家5人で担う家族経営でも知られ、次男の太地さんは主に栽培を担当しています。10種の自社畑産ブドウのみを使用し、1年に3、4万本を生産。即完売商品もある好評で、道内外のワイン愛好家から根強い支持を得ています。

★山崎ワイナリー創業の経緯は。

山崎 太地さん

☆山崎 山崎家は三笠市達布で4代続く農家です。1901年に僕の曽祖父が富山県から入植し、農地払い下げの際に就農。手に入れた土地は、達布山の麓にある傾斜地で、開墾は困難だったろうと想像します。

 3代目の父は、稲作と畑作の混合農業を営み、多額の設備投資でトラクターなどを導入し、研修で訪れたニュージーランドの農業を手本に、大規模化を志向しました。しかし、収穫量は増えても収入は増えない。精魂込めて育てた農作物も国に出荷してしまえば、どこの誰に食べていただいているのか知ることもできない。疑問を抱いた父は「生産」「製造」「販売」を全て手掛ける〝自立した農業〟の道を模索しました。

 実はそれまで、あるワインメーカーのブドウ栽培用に、敷地内の一部を貸していて、父はその作業を始終目にしていたんです。うちの農地を一目見た著名なワイナリー経営者に「ブドウ栽培に適している」と見込まれたことも後押しになり、1998年から日当りのよい南斜面で、フランス原産の代表的な赤ブドウ品種ピノ・ノワールの栽培に取り掛かり、ワイナリー創業を目指してブドウへの転作を試みました。

 兄は、東京農業大で醸造学を学び、フランスに留学後、主に醸造に従事。姉は直販店舗で販売を担当しています。僕はスーツを着用する仕事に憧れていて、しばらく農業に前向きになれずにいました。高校卒業後は教育大に進み教員免許を取得。一般企業の入社試験も受け内定もいただていたんです。

 農業以外の選択肢もある中で、あらためて〝懸け甲斐〟のある進路を検討した時、思い浮かんだのが、畑で働く父母の笑顔でした。時には苦痛にゆがむ表情を見せたこともありましたが、その笑顔はいつも充実感に溢れていました。

 僕も本格的にワイン造りに加わり6年。決して華やかな仕事ではありませんが、収穫の喜びは格別です。両親のあの笑顔の理由は、地道な日々の先にあるこの大きな喜びが糧だったからなのだと、ようやく気付きました。

★今夏には、世界5大陸から選ばれたピノ・ノワールの生産者が集う「ピノ・ノワール・セレブレーション・ジャパン2013」で、山崎ワイナリーは日本代表でした。

☆山崎 山崎ワイナリーは、農家の起業の先駆けだと注目され、創業当初から多くのメディアに取り上げていただき、おかげさまで売り上げも順調に伸びていきました。

 とはいえ、手探りで一から始めたワイン造り。肝心のワインの品質が、話題先行に少しでも早く追い付くように、できる限りの時間をブドウ畑で過ごし、ブドウの状態に配慮し、収穫のタイミングを見計らいながら、それぞれの品種のポテンシャルを引き出す栽培や醸造を、家族一丸となって探り続けてきました。ピノ・ノワール・セレブレーションへの選出は、ブドウの樹齢と共に、僕らの技術が向上してきていることも確認できたうれしい出来事でした。

★ワインのラベルには、家族5人の指紋を花びらに模した花が描かれています。山崎ワイナリーを物語る味わい深いデザインですね。

山崎 太地さん

☆山崎 ワインの背景に僕ら家族のストーリーがあるように、この土地には、自然や風土に学び、知識や経験を積み重ねて、さらによい農業を次世代に継承しようと奮闘してきた代々の思いが刻まれています。

 僕らのワインは、天候などの影響でブドウの収穫量が少なくても、自社産以外の原料は一切使いません。「山崎のワインは山崎のブドウで造る」という信念は、父が次世代に伝える農家の誇りともいうべきものだと理解しています。

 三笠市は日本のジオパークに認定された特異な地域。太古の時代から現代に至る地層が東西にわたり分布し、達布も砂地、石灰質、粘土質などの多様な地層で成っているんです。土地の個性を表現するといわれるピノ・ノワールなんて、育つ土壌の質で味がまったく違うんですよ。ブドウ品種と土質の組み合わせ次第で、ワインのバリエーションは、限りなく広がります。さらに試行錯誤したいですね。

 晩秋の頃、僕が使うはさみの音と足元の落ち葉を踏みしめる音だけが響くブドウ畑は、得も言われぬ冷涼感と静寂感に包まれます。理想は、そんな畑の尊い瞬間を、味わう人にも思い浮かべていただけるようなワイン造りです。

 父から継いだ、よい農業を次の世代によりよく引き継ぐことも兄と僕の役目です。自然の流れ、ブドウの成長や季節の移ろいに、しっかりと呼吸と歩幅を合わせ、僕らの代でできる最高のワイン造りを突き詰め、極めていきたいと思います。

取材を終えて

次代へ継がれる営み

 畑が子どもの頃から遊び場だったという山崎さん。時が経ち、当時拾い投げては遊んでいた松ぼっくりが、今は立派な木になっているのだそうです。達布山の麓で、世代から世代へと継がれる山崎ワイナリーの営みに、時を経てより味わいを増すワインの成熟を重ねるインタビューでした。


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