真砂徳子の起ーパーソン 風をおこす人々 第36回 北海道大学観光学高等研究センター 大学院観光創造専攻特任教授 臼井 冬彦(うすい ふゆひこ)さん

2014年02月21日 16時11分

 大手機械メーカーのクボタに21年間在籍し、1980年代は主に米国シリコンバレーでITベンチャーの起業支援に携わっていた臼井さん。退社後も2社の外資系企業日本法人のCEO(最高経営責任者)を歴任するなど、30年にわたり海外を中心に日本のグローバリゼーションの渦中で奮闘していたビジネスマンでした。2009年に北海道大学大学院観光創造専攻修士課程を修了し、10年から現職に就任。現在、地域ビジネスマネジメント、起業論などの講義のほか、各地でのフィールドワークを精力的に行い、ビジネスの視点を生かした観光や地域の振興に力を注いでいます。

★ビジネスの世界から一転、観光学を学ぼうと思われたのはなぜですか。

臼井 冬彦さん

☆臼井 米国駐在時は、貿易摩擦の加熱で、ジャパンバッシングが激しかったころ。日本について誤解された情報を見聞きするたびに、外国人とよく議論していました。そこでなかなか日本の良さを伝えきれていない自分に歯がゆさも感じ、いつか腰を据えて「日本」を総合的に学んでみたいと思っていたんです。

 対海外の仕事で、円高の辛苦も味わってきました。円高が進む中で、日本企業は世界にオペレーションを拡大していきましたが、一方で、ものづくり大国・日本の将来に思い巡らすようにもなりました。

 海外に住んで実感するのは、日本がいかに住みやすく安全で、豊かな環境に恵まれた国であるかということ。ある時、海外の人を引き付ける「観光」は、輸出産業以外に外貨を稼ぐ手段として、日本の新たな道を開く産業になるのではないかと直感したんです。ちょうど、北大に国立大学法人初の観光学の大学院が開校し、52歳で一念発起、仕事を辞め迷わず受験し、その一期生として大学院の門を叩きました。

★昨年、『「観光」を切り口にしたまちおこし―地域ビジネスの進め方―』(富士通総研との共著・日刊建設工業新聞社発行)を刊行されました。著書では、ご自身が関わった地域活性プロジェクトの実例なども挙げながら、ビジネスに精通されている臼井さんならではの着眼で、地域おこしの手掛かりを紹介されていますね。

臼井 冬彦さん

☆臼井 大学院では、佐藤誠教授に師事しました。教授は、地域活性化と観光を結ぶ「観光創造」に腐心され、「食」「住」「遊」「学」「健康」を前提に、人間が生きていくこと、生命力そのものを喚起する「ライフウェア」と称した地域資源に着目。それに即した地域の「生業(なりわい)興し」のために各地を奔走し、従来の「観光」とは別に、エコツーリズムやヘルスツーリズムなどのニーズに応える新たな観光産業を模索している方でした。

 私も教授に付いて地域でのセミナーやワークショップに赴き、地域活性を志す人たちと積極的に意見を交わしました。その中で、各地おしなべて、町おこしのプロセスを詰める議論が欠けているのではないかと感じたんです。アイデアの段階で頓挫していたり、ハード面の整備や建設計画にばかりとらわれ、アイデアをどのようにして継続的な仕組みに変え実現させていくかに頓着しない様子が気になりました。

 ビジネスでは何をやりたいかも大事ですが、どのようにして確実に成果を上げるかを重視します。地域おこしの現状を目の当たりにし、長年ビジネスマンとして培ってきた私の経験やノウハウは、もしかしたら地域ビジネスの立ち上げや地域活性に貢献できるのではないかと思いました。

 佐藤教授にも「あなたの使命は、ビジネスを語り続けること」と後押しされ、有り難いことに大学院在学時から、美瑛町の地材地消(町の森林資源を活用した住宅建築の推進)や、留萌市の「やん衆漁業体験プロジェクト」、知内町の「登山プロジェクト」など、地域活性の現場で地域の人たちとじかに触れ、時には共に汗をかきながら、おのおのの個性と自律を重んじた地域の生業興しに助力するようになったんです。

★臼井さんの指摘は、ビジネスにも地域おこしにも通じる現実的なアプローチなのですね。

臼井 冬彦さん

☆臼井 ビジネスは一発勝負ではなく、継続的な成果を目指します。地域おこしも、ともすれば孫子の代でようやく結果が見えてくる活動です。ビジネス同様、時代の変化で道筋を再検証しなければならないこともあるでしょう。マーケティングという分析ツール、思考ツールを用いた論理的な地域おこしのプロセスの継承は、地域おこしの道標となるだけではなく、いかなる事態でも意思決定の布石となります。

 生業興しは、ライフウェアという地域の暮らしそのものに根差す産業です。北海道はライフウェアの宝庫。ビジネスでいう「競争優位性」は他の追随を許さないほど。地域の人たちが、地元を見つめ直し、心から楽しい、あるいはおいしいなどと感じることを享受し、その様子に憧れる人たちがいれば、お裾分けしますよ、ただし無料ではないですよと強気に臨んでもいいんですよ。

 知れば知るほど、日本は素晴らしい素材に溢れています。だからこそ安売りはしたくない。観光を切り口にした地域おこしが、多くの日本人と共に、日本の良さ、地域の良さを再認識する機会になれば。私を駆り立てるのは、日本人であることの誇りのようなものかもしれませんね。

取材を終えて

ベンチャー精神を胸に

 起業の段階では、人(経験やスキル)も金も物(商品やサービス)もなく、あるのは成功への熱い思いだけという臼井さん。シリコンバレーでいう「フィーバー=成功熱」は、町おこしにも欠かせない〝熱〟だと思うと話します。ベンチャー精神で町おこしを喚起する臼井さんの冷静な示唆と情熱に引きつけられたインタビューでした。


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