菊池寛は時代短編「形」で、見掛けが他者に与える影響の本質を鮮やかに描いてみせた。主人公は五畿内中国に知らぬ者のない勇猛な侍大将中村新兵衛。火のように赤い羽織と金のかぶとが特徴で、それを見ただけで相手は震え上がったという
▼ある日、新兵衛は懇意にしている若侍に、初陣で勇気を付けるために侍装束をぜひ貸してほしいと頼まれた。快く承諾し、自身は地味な黒いよろいを着て戦に出たのである。さてどうなったか。若侍は経験のなさを全く感じさせない活躍ぶり。何せはなから敵は赤い羽織にひるんでいるのだから楽なもの。一方、正体が気付かれていない新兵衛には次から次と敵が打ち掛かる。つまりこれまでは大部分、赤い羽織が戦っていたわけだ
▼どうやらこちらも同じではないか。頼りなさばかり目立っていた若狭勝、細野豪志両氏が中心になって立ち上げを進めていた新党だが、小池百合子都知事が代表に就くと表明した途端、政局の中心に躍り出た。小池色の羽織の強さだろう。新党名は「希望の党」に決めたそうだ。おとといの記者会見での小池氏の発言が奮っていた。これまでの議論を「リセット」し、自分が直接絡む形にすると宣言したのである。若狭、細野両氏の黒いよろいでは、この厳しい戦に勝ち目はないと判断したに違いない
▼ただ忘れてならないのは、急ごしらえの中身まで変わったわけではないことである。選挙戦を通じ政策に具体性がないと分かれば、小池色の羽織の効力も失われよう。小池氏のことだから、さらなる隠し玉があるのかもしれないが。