真砂徳子の起ーパーソン 風をおこす人々 第55回 合同会社ペン具代表 卜部 奈穂子(うらべ なほこ)さん

2015年01月16日 13時57分

 放課後等デイサービス・保育所等訪問支援「ペングアート」を運営する「ペン具」(札幌)は、発達障害のある児童を対象に、アート活動を通した療育を提供しています。現在、小学生から高校生までおよそ80人が登録。1日に10人の児童が集い、サポート役の心理士や福祉士、美術のエキスパートが見守る中、思い思いに絵を描いています。中には、ポストカードとして販売され、完売する作品もあるほど好評です。ト部さんは「コミュニケーションが不得手といわれている彼らの表現力や創造力の素晴らしさを伝えたい」と目を輝かせます。

★ペングアートに着眼された経緯は。

卜部 奈穂子さん

☆卜部 ある障害児・者の入所施設に勤務していたころ、自閉症の女の子が描いた絵に目を奪われました。テーマは「家」で、私はてっきり、暮らしている施設の絵を描くのだろうと思っていたんです。ところがその絵は、お盆とお正月に帰省するくらいで、生活空間としてはなじみの薄い彼女の実家でした。飼い犬まで描かれ、彼女の愛着と親しみが表現されていました。

 自閉症など発達障害の方々は言葉で思いを伝え難く、私たちも彼らの意図をくむ手段に乏しいため、コミュニケーションが困難です。でも、その絵からは、彼女の心の内が伝わってくるようで、雄弁なアートの力に感激しました。

 程なく、思い切って施設を退職。芸術療法を習得できる大学の臨床心理学科に編入し、美術学科のある別の大学で、科目履修生として油彩やデッサンなども学びました。その後、障害児の親御さんが立ち上げたNPOのスタッフを経て、2003年に任意でペングアートの活動を開始。11年に法人化しています。

 「ペング」は、「ペン」と「絵の具」を合わせた造語です。子どもたちに、未来というキャンバスに広がる人生の道程を、自由に豊かに描いていってほしいという願いも込めています。

★ペングアート独自で作成した「創作手順書」を活用し、療育の成果を挙げていると伺いました。

卜部 奈穂子さん

☆卜部 描き方が分からず、描くことを諦めてしまう児童もいるんです。療育では、視覚的に情報を整理し順序立てる「構造化」が、理解力を高める基盤になります。そこにヒントを得て、絵の描き方を、障害の特徴や状態に添って分かりやすくまとめた創作手順書を作成しています。

 例えば、手順を難なく追える子には、描き方を羅列した手順書1枚で対応しますが、一つ一つの手順を1枚ずつに表示し、1手順終わるごとにめくる手順書を用いれば、描き進めていける子もいます。使う色を選べない児童には何色かの選択肢を実際の色で示します。創作手順書があれば、彼らの表現力は埋もれることなく発揮されるんです。

 作品を仕上げた達成感は、子どもたちの自信につながり、学校の図工の授業が嫌いでたまらなかったのに、今では画家になると口にする児童もいるんですよ。ペングアートが、彼らのコミュニケーション力や自己肯定力を高め、心豊かな人生を築くきっかけになれば本望です。

★福祉サービスへのニーズが高まる中、昨年、2号店「ペングアート北野」を新設し、事業規模を拡大されました。

☆卜部 札幌市内はもとより、小樽市や千歳市など市外から通われる児童も多いんです。2号店は、遠方からの通学の負担が少しでも軽くなるよう配慮した立地で、サービスの向上も図りました。

 企業活動は、ご提供するサービスへの対価で成り立っています。しかし、ペングアートに集う子どもたちは、私たちの支援に対して、不満を明確に伝えることができません。

 以前、いつも服に顔を埋めるようにして、周囲との関わりを遮断している重度の自閉症の男の子がいたんです。時間をかけ、彼の心の機微に寄り添う努力を続けていたところ、ある時、ひょっこり顔を出してくれたんですよ。この仕事のやりがいと喜びを実感した経験でした。

 ペングアートは13年目。社会の関心や需要が高まっている時だからこそ、謙虚に活動をみつめ、利用者にご満足いただけるサービスをご提供できているだろうか、一企業として社会に必要とされているだろうか、と自問自答を繰り返しています。

★ペングアートは、療育としてだけではなく、その魅力でアートファンにも注目されています。期待されることは。

卜部 奈穂子さん

☆卜部 発達障害児の多くは、他者の評価に頓着していません。それだけに、彼らの絵は型にはまらず、表現の豊かさ、スケールの大きさには、憧れさえ抱きます。日々、彼らがアートを生み出す瞬間を目の当たりにしている私は、感動の連続なんですよ。

 アートイベントも積極的に主催しています。昨年は、東日本大震災の被災地で親しまれているキャラクターを描いたポストカードを販売するチャリティーイベントも開催。標茶町のクレヨン作家さんとコラボレーションした巡回展は、クラウドファンディングで資金を募り実現しています(3月21日札幌開催で最終)。彼らのチャレンジの場を広げ、その豊かな才能を多くの方に知っていただき、社会にはだかる〝福祉の壁〟を払拭(ふっしょく)する一助になればと思うんです。

取材を終えて

生き生きと輝く〝笑顔〟

 学生時代、福祉の仕事を志しながら、その動機が偽善なのではないだろうかと思い悩んでいたト部さん。そんな時、ある障害者から「動機はともかく、私はあなたに手伝ってもらえると助かります」と言われ、頭でっかちだった自分を省みたそうです。原動力は誰かのお役に立てる喜びと話すト部さんの笑顔が、生き生きと輝くインタビューでした。


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