うますぎる話にはたいてい警戒心が働くものだが、心に余裕がないとその警報ベルも反応しない。そんな心の動きをユーモラスに描いた童話に宮沢賢治の『注文の多い料理店』がある
▼獲物が取れず空腹な猟師が山中で見つけた一軒の料理店。喜んで入ると「泥を落とせ」「鉄砲を置け」「服を脱げ」「体にクリームを塗れ」と、扉を開けるたび客に対して注文が出される。期待に満ちて最後の扉を開けようとするが。そこでようやく獲物になるのは自分の方だと気付く。おかしな点は最初からあった。ところが山中にあるのは隠れた名店だからと思い、「泥を落とせ」は格式の高い店なら当然と解釈したのである。疲れと空腹に正常な判断力を鈍らされたわけ
▼猟師の場合は空腹だったが、親の場合は子どもに対する心配心が冷静さを失う原因の最たるものだろう。道内で「おれおれ詐欺」の被害が激増している。道警のまとめによるとことし1―11月は114件で、前年同期に比べ4・2倍に上っているそうだ。「会社の金を落とした」「使い込みをした」「このままだと首」「助けてほしい」。子や孫からそんな電話がかかってきて慌てない人はいないのでないか。しかも今は弁護士や上司、警察を名乗る人物が次々と現れ考える隙も与えないと聞く。肉親の情を悪用した卑劣な犯罪というほかない
▼先の物語では異変に気付いた仲間の猟師が助けに飛び込み事なきを得る。おれおれ詐欺で助けになるのは周りの目と声掛けだろう。12月は例年、事件が多発する。家族と地域の連携で悲しむ人を減らしたい。