富山県立山町の黒部ダムが完成してことしで55周年だという。一度は見たいと思いながらまだ行けていない土木施設の一つである
▼昨年10月放送されたNHKの『ブラタモリ』でダムの歴史や謎に迫ったのを興味深く見た。さすがマニア受けする番組と感心したのは、アーチダムとして計画したが施工途中に両岸の基礎岩盤の弱さが分かり、構造を見直した点にまで触れていたこと。黒部独特の重力式ウイングである。資機材輸送を担うダム工事の生命線「大町トンネル」貫通までの苦闘を描いた映画『黒部の太陽』も忘れ難い。事実に基づいた内容で、くしくもことしは封切りから50年の節目である。見どころは1691mまで掘り進んだところで遭遇した、大量の水を吹き出す破砕帯にどう立ち向かったかだろう
▼当初の想定にはなかったため、発注者の関西電力と施工会社は追加工事、新工法採用、人海戦術とあらゆる手を尽くす。このトンネルが抜けないことには本体の工事が進まないのだから必死である。関電の社長が施工会社にこう頼む場面も印象的だった。「できることは何でもやってくれ。いくらかかっても私が用意する」。当時、関西の電力不足は深刻で工期は待ったなしだったという
▼黒部は土木の基本を教えてくれる。詳細に調査しても施工時に不測の事態はあること、早期完成が経費削減や経済効果最大化につながること―。最近一部で問題視されているが設計変更はそれに対応する合理的仕組みである。開発局の件も未来が分からない以上、必ず枠に収まるならむしろその方が怪しい。