その山を描写して、作家深田久弥は『日本百名山』(新潮文庫)にこう書いていた。「ここの頂上も大きな火口を持っているが、とっくの昔活動をやめて、灌木や岩石に覆われている。それは古代ローマの円形劇場を思わせる」
▼日本百名山の41番目、草津白根山の本白根山(標高2171m)のことである。その山がおととい噴火し、1人が死亡、11人が負傷した。観測の対象から外れた場所での噴火だったらしい。噴火の可能性が高いとして気象庁が重点観測していたのは、今回噴火した本白根山の北約2・5㌔に位置する白根山の方だったという。本白根山は少なくとも過去1000年にわたり大きな噴火の記録がなかったそうだ。深田氏も書いていた通り「とっくの昔活動をやめて」が共通認識になっていたのである
▼自然の振る舞いというのは本当に予測できないものだ。平成に入ってからだけでも1991年の雲仙普賢岳、14年の御嶽山と、薄い警戒心の隙を突くかのようにこうして災害を引き起こす。亡くなったのは訓練中の陸上自衛隊員。噴石の直撃を受けたという。痛ましいことである。噴煙で視界は閉ざされ、その中を大きな石が雨あられと降るのだから遭遇した人は生きた心地もなかったに違いない
▼後知恵で観測体制や避難計画の不備を指摘するのはたやすいが、より大切なのは自然に対する謙虚さを思い出すことだろう。自然の大きな力の前で人間など無力に等しい。本道にも十勝岳、雌阿寒岳と活火山に近いスキー場がある。一人一人が「もしも」を考えておくに越したことはない。