▼ミステリー仕立てに味付けされた小路幸也の人気下町家族小説『東京バンドワゴン』(集英社)シリーズは、食卓を囲んでの家族のにぎやかな会話が毎回一つの見せ場になっている。「おい、ソース取ってくれ」「大工さんって今日来るんだっけ」「卒業式に学生服着るの?」。そこで交わされるのは日常の何げない言葉ばかりなのだが、その温かな雰囲気が心地よい。家族が共にある幸せとでもいおうか。
▼そんな当たり前の家族だんらんを、一瞬にして壊してしまう悲しい出来事がまたあった。長野県軽井沢町で15日起こった大型バスの転落事故である。運転手のほか12人の若者が亡くなった。スキーなどを楽しむため深夜に現地へと向かう格安のバスツアーだったという。皆20歳前後の大学生である。夢もたくさんあったはずだ。無念だったに違いない。前日までは普通に言葉を交わしていただろう家族や友人らの悲憤はいかばかりか。原因究明は必要だが、失われた命は戻ってこない。
▼こちらの家族には一体何があったのか。11日に、3歳の娘を虐待した上で死に追いやったとして、母親と内縁の男が逮捕された。仲むつまじく暮らしていたとの評判も近所の一部にはあったようだが、実は監禁と暴力を繰り返していた。幼い子はどこまでも親を信じるもの。善良な魂を踏みにじる残酷な仕打ちには憤りを禁じ得ない。ことしは寒の入りから凍えるような日が続く上に、心まで寒からしめる事件や事故が相次ぐ。あらためて思う。温かい家族の日常の何と貴重なことか。