▼子どものころ「正義」という言葉は身近なものだったが、「大義」は聞いたことがなかったように思う。もっとも正義とはいっても、月光仮面や仮面ライダーといった「正義の味方」の話で、当時は正義も大安売りの感があった。先の大戦を思い起こさせる大義は戦後、日本の奥深くに沈められたようだ。その大義を勇ましく掲げ、軍部が暴走するきっかけにもなった二・二六事件からきょうで80年である。
▼この事件は、困窮する農村を放置する政府に義憤を感じた青年将校たちが、国家改造のために立ち上がったクーデターとされる。「君側の奸」として現役閣僚を殺害した上、宮城を占拠して天皇の同意を得ようとの狙いだったらしい。しかし天皇はこの暴挙にいささかも心を寄せることなく怒り、クーデターは失敗に終わった。ところがこれ以来、軍部は決起の再発をちらつかせながら政財界を脅し、軍部独裁の地歩を固めていったというのだから、歴史というのは皮肉なものである。
▼作家佐藤優氏は『大人のための昭和史入門』(文春新書)で、二・二六事件をイスラム過激派組織ISとの類比で解釈する。不正がはびこる社会を革命で理想の場所にしたいとの大義は、いつの世でも若者には魅力だというのだ。「大義に殉じるという思想は強い感染力をもつ」と警鐘も鳴らす。正義の味方に憧れるくらいならかわいいものだが、大義の大安売りが始まると、命もたたき売られる。ISを見てもそうだろう。愚を繰り返さぬために、事件から学べることは少なくない。