もし自分がこんなつらい目に遭わされたら、どこまで耐えられるか分からない。2009年、冤罪(えんざい)で大阪地検特捜部に逮捕、起訴され、大阪拘置所で約半年勾留された元厚生労働事務次官村木厚子さんのことである
▼読売新聞の人物連載「時代の証言者」で5日まで村木さんが語り部を務めていた。なすすべもなく犯罪者に仕立てられていくくだりを読み、鉛を飲んだような重たい気分にとらわれた次第。村木さんは検察の証拠を見て驚いたという。覚えのないことばかりだったからである。弁護士にはこう教えられたそうだ。「検事が勝手にストーリーを作って、そこからバーゲニング(交渉)が始まるんだ」。その間マスコミは村木さんを犯罪者と見立てて過熱し、悪徳官僚許さずの世論を形づくっていく
▼村木さんの連載にことさら関心が向いたのは、このところそれとよく似た構図を見せられていたためだろう。マスコミが「関係者の話で分かった」と連日伝えるリニア談合事件のことである。2日には逮捕者も出たが捜査は進行中。なのに細部を含む談合内容が一つのストーリーとして報道されるのはどうしてだろう
▼元検事の郷原信郎弁護士は自身のブログで「この事件は『独禁法違反の犯罪』で刑事責任を問うような事件ではない」と断言。ゼネコンの技術力を前提とする難易度の高い民間プロジェクトでは事前協議や情報交換があってもおかしくないとしていた。いずれにせよ本件は裁判に持ち込まれよう。「関係者」もいたずらに世論を誘導するのは控えた方がいいのではないか。