▼生まれてきた子どもに名前を付けるのは、うれしいと同時に少なからず責任の重さを感じるものである。「新涼や命名札に光満つ」(三原信子)。秋の句だが、命名の晴れやかな喜びが伝わってくる。この報に触れ、同じように誇らしい気持ちになった人も多いに違いない。理化学研究所が発見し、日本に命名権が与えられた原子番号113の新元素に、「ニホニウム(Nh)」の名前が付けられるそうだ。
▼国際純正・応用化学連合が8日公表した。インターネットを通じて5カ月の間世界から意見を募集し、問題がなければ正式決定する段取りらしい。検証に耐え、元素周期表に掲載が確定した新元素は、日本はもとよりアジアでも初めてというから快挙である。これからは学生も周期表の暗記に張り合いが出るのでないか。それにしてもこの元素113は、1兆分の1cmの亜鉛とビスマスの原子核をぶつけ、100兆分の1の確率でやっと融合が成功するのだという。いやはや科学とは。
▼命名は、「日本」と「ium」を組み合わせたものだが、元素名について物理学者の寺田寅彦はかつて『柿の種』(岩波文庫)にこんなことを書いていた。元素は原子番号だけで完全に確定できるのに「一種の『源氏名』のようなものを付けて平気でそれを使っている」。それは人間の「煩悩」だとし、源氏物語なら「桐壷」と付けてもいいはずだと面白がっていたらしい。なるほどもっとも。ただ、生まれたての新元素への命名は煩悩というよりも、子煩悩と呼ぶ方がしっくりくる。