▼民衆が日常で使う工芸品の美に気付き、「民藝運動」を起こしてそれを世に広めた思想家の柳宗悦は、品物の作り手である職人に深い敬意を抱いていたようだ。著書『手仕事の日本』でこうたたえている。「その腕前には並ならぬ修業が控えています。どんなに平凡に見えても、誰にでもすぐ出来る技ではありません」。仕事をおろそかにせず、正しい品物を作ることに誇りを持っているのが職人だという。
▼米大リーグ「マーリンズ」のイチロー外野手に、そんな優れた職人のイメージを重ねる人も少なくないのでないか。毎日使うバッティングの技を、怠ることなく磨き続ける姿勢に、自分に厳しい職人気質を感じるからだろう。イチローがまたやってくれた。15日(日本時間16日)のパドレス戦で2安打を放ち、日米通算4257安打の歴代最多安打記録を達成したのである。ピート・ローズ氏の記録を破った1打をニュースで見たが、鋭く右翼線に飛んだボールに胸のすく思いがした。
▼日米合算のため大リーグ公式記録にはならないが、大した問題ではあるまい。観客は大歓声で賛辞を贈っていた。目の肥えた人々にとってもイチローは魅力ある選手ということだろう。さあ次の期待はあと21本に迫ったメジャー3000安打だ。ただ本人に気負いはないに違いない。「人の数字を目標にしている時というのは、自分の限界より遥か手前を目指している可能性があります」(『イチロー・インタヴューズ』文春新書)。この職人は一体どこまで腕を上げるつもりなのか。