人間の善悪の分かれ目はどこにあるのか。それに関して古代ギリシャの哲学者プラトンは大著『国家』で「ギュゲスの指輪」という民話を紹介している
▼ソクラテスが「人の根は善良」と教えると、ある弟子がこの話を示して反論したそうだ。善良な羊飼いギュゲスは偶然秘密の洞窟に入り、そこで自分の姿を消せる指輪を手に入れた。さあ、透明になったギュゲスは何をしたか。実は悪逆非道の限りを尽くしたのだ。経済学者スティーブン・D・レヴィットらの『ヤバい経済学』(東洋経済新報社)で学んだことである。他人から見えなくなることだけにとどまらない。人間は理由さえあれば悪い事にも容易に手を染めてしまう場合があるという
▼スルガ銀行(静岡県)の行員にとってそれは、成績やノルマだったようだ。シェアハウス投資向け融資に大量の不正が見つかった問題で、相当数の行員が顧客の通帳残高改ざんや契約書の偽造を黙認していたのである。この不正融資総額は2000億円に上るらしい。ノルマ未達は厳しく叱責され、昇進の道も断たれるため行員も必死だったのだとか。結果、シェアハウス運営会社や不動産販売会社が条件に合うよう書類を偽造していることに気付きながら融資を実行し続けた。営業幹部が審査に圧力をかけることさえあったという
▼幸いにも先の経済書は他人が見ていなくとも87%の人間は誘惑に負けず不正をしない事実も教えてくれる。とすると13%の人間が幅を利かすことになったスルガ銀行の経営には、指輪の悪用を許す欠陥があったと断ぜざるを得ない。