映画『ハリー・ポッターと賢者の石』(原作=J・K・ローリング)には、人の心の奥底にある願望を映し出す魔法の鏡「みぞの鏡」が物語の重要な小道具として登場する
▼主人公のハリーはそこに自分がまだ赤ん坊だったころ死に別れた両親の姿を見つけ、現実でないと知りながら鏡の魔力に捕われていく。見たいと切望しているものが目の前に映し出されるのだから、ハリーでなくとも離れ難くなるに違いない。さて、この枠組みについても、皆それぞれ見たいものだけを見ているのではないか。環太平洋経済連携協定(TPP)のことである。承認案と関連法案がきのう、国会で審議入りした。政府はアジア太平洋に大きな自由経済圏をつくれば、日本経済を今後も持続的に成長させていけるとばら色の未来を描く
▼一方、本道はじめ農業を基幹産業に据える地域では、いろいろな面で回復不能な打撃を受けるのではとの疑念がいまだ強い。鏡に映っているものが違うのでは議論がかみ合わないのも当然だ。日本が戦後、高い経済成長を遂げたのも自由貿易のおかげである。資源がない国の正しい戦略だった。ただ当時は大量生産・大量消費、今は付加価値・差別化の時代だ。本道は現在、高い価値を持つ農産物を軸に大きな成長戦略を描くが、TPPはその根底を崩しかねない
▼政府が見ている鏡の像が、本道には見えないのである。ところで魔法の「みぞの」鏡は「のぞみ(望み)」を逆さまにしたもの。見たいものしか見ないでいると、いつか現実に足元をすくわれることを暗示している。