現代日本風に言うなら「レジェンド」だろう。米国作家ダニエル・フリードマン著『もう年はとれない』(創元推理文庫)の主人公は、メンフィス署殺人課で数々の伝説を作った元刑事である
▼名前はバック・シャッツ。主人公としては異色の87歳という高齢だが、気力体力の衰えに悩まされながらも、昔と変わらず巻き込まれた事件には敢然と立ち向かっていく。武器は持ち前のタフな精神力と、痛烈な皮肉である。あくまでも自分の意志を貫く硬骨漢というわけ。ただ、そんな無頼派のバックでも車の運転だけは控えているらしい。友人の見舞いに病院まで行かねばならない場面で、運転しない理由をこう語っている。「なにがどこにあってどうつながっているのかを思い出すのが年々困難になってきて、世界という円は自宅を中心にだんだんと縮みつつある」
▼加齢の影響で安全運転が難しくなっていると自覚しているのだ。誰もがこんな風に自分の能力を正確に把握し、自制することができればいいのだが。最近、高齢運転者による悲惨な死亡交通事故が相次ぐ。10月28日に87歳男性の軽トラックが小学生の列に突っ込んだのをはじめ、今月10日には84歳男性が自治医大で、また12日には83歳女性が国立病院機構で暴走して人をはねた
▼警視庁の統計によると高齢運転者の事故は全国的に増加の一途なのだとか。長い人生、誰もが「レジェンド」の一つや二つ持っていよう。しかし最後に人をあやめてしまえばそれも台無しだ。いつかきっぱり運転はやめる。その勇気だけは早くから温めておきたい。