人買いにだまされ売られ、悲惨な一家離散の憂き目に遭う―。森鴎外の『山椒大夫』である。子ども向けの「安寿と厨子王」としてご記憶の人もいよう
▼物語の冒頭、厨子王ら家族が旅の途中で泊まる場所もなく困っていると、土地の者らしい中年の男が現れる。男は笑みをたたえ、礼儀正しく自己紹介してからこう述べたそうだ。「わしは旅人を救うて遣ろうと思い立った」。既に大勢の旅人を世話しているという。家族にしてみれば「地獄に仏」。言葉遣いが柔らかく、物腰も落ち着いている。うそをつくような人には見えない。すっかり信用して案内されるまま付いて行ったが…。末路はご存じの通り
▼そんな古い物語を思い出したのは、プロ野球球団も所有する東証1部上場のIT大手ディー・エヌ・エー(DeNA)の情報まとめサイトで、商業倫理を逸脱した非常に悪質な運営手法が発覚したからである。おととい、同社の経営陣が謝罪会見を開き、第三者委員会を置いて原因の究明を図ると表明した。発端は「Welq(ウェルク)」という健康医療情報サイトだったという。性格上、内容には正確さが求められるが、記事は誤った情報や盗用がほとんど。閲覧数を稼いで利益を増やすために書き手を安使いし、いかさまの手口を教えて大量の記事を乱造していたらしい
▼名前で信用させ、悩む人に寄り添うふりをしながら頭の中は金もうけのことでいっぱい。こんなサイトが今、DeNAに限らず他にも数多くあるという。やれやれ、これでは人買いもはだしで逃げ出すのではないか。