93歳で今なお元気に活躍している作家佐藤愛子さんの近著『人間の煩悩』(幻冬舎新書)に、長寿に触れた一章があった。歯に衣(きぬ)着せぬ物言いが持ち味の愛子さんである。老いについての考えにも湿ったところが少しもない
▼「老人は死と親しむことが必要だと私は思う。老いの時間はそのためにある」。無理に老いをくい止めようとしたり、強壮に努めたりするなど、やめておいた方がいいというのである。先頃、日本老年学会と日本老年医学界が高齢者は75歳以上にすべきとの提言を発表した。生活実感からしても、その方がぴったりくる、と思った人が多かったのでないか。愛子さん流に「死と親しむ」としても、現在のように65歳以上との定義ではいささか若すぎる
▼両学会も74歳までは、「心身とも元気な人が多く、高齢者とするのは時代に合わない」との見解で一致したそうだ。各種調査の結果、生物学的にも知的機能面でも、昔に比べ5歳から10歳は若返っていることが裏付けられたらしい。詩人伊藤信吉に「戯れに喜寿」の作品がある。知人の喜寿を祝して贈ったものだという。こんな一節で始まる。「おれだってそういう年齢があった。/そういう歳だって、/じたばた、/ばっかりだった」。94歳のときに作った詩だが、喜寿なんてまだ若いと言っているよう
▼実際、元気なお年寄りは珍しくない。であれば、あまり早くから「死と親しむ」のも考えものだろう。「高齢」の言葉に脅かされ、病院とも薬とも余計親しむ羽目になる。75歳くらいがちょうどいいのかもしれぬ。