剣豪宮本武蔵は兵法の極意を記した『五輪書』で、「兵法の目付(めつけ)」について触れている。戦いに臨んだときの目の配り方、と言えば分かりやすいだろう。武蔵はこう説く。「遠き所を近く見、近き所を遠く見る事、兵法の専也」
▼戦いで勝ちを得るためには、目の前のことにばかりとらわれず、広く状況を把握することが大事だというのである。相手の太刀にだけ気を取られていては負けること必定らしい。戦いに限らず、日常生活を送る上でも役に立つ教えではないか。例えば今や身近な道具となったスマートフォン(スマホ)である。操作に気を取られて事故を起こしたり、遭ったりするケースが後を絶たない
▼つい先日も埼玉で、スマホを見ていて赤信号に気付かなかった男が、他の車に衝突したはずみで歩道を歩いていた母子をはねる事故があった。とっさにかばったのだろう、2歳の子どもは幸い軽傷だったが母親は亡くなった。理不尽で痛ましい事故に言葉を失った人も多かったに違いない。6日には神奈川の中学校で、「自撮り」をしていた生徒が誤って屋上から転落して死亡した。観光客が鉄道で「自撮り棒」を電線に近付け、感電する事故も度々起こっているらしい。スマホに集中すると周りが見えなくなる証拠である
▼武蔵は目付の習得には「能々吟味あるべき」-十分修練を積まねばものにできない、と断言していた。普通の人間がスマホを見ながら周りにも目を配ることなど不可能というわけだ。ながらスマホは最初から負け戦だと、よくよく肝に銘じるべきだろう。