出世魚というのをご存じだろうと思う。よく知られているのは成長するとブリになるハマチあたりか。稚魚から成魚になるまでに大きさや食味が著しく変わる魚を売るとき、混乱しないよう違う名前を付けたのが始まりらしい。江戸時代まで武士は成人して名を変えるのが通例だったから、違和感もなかったようだ
▼それと一緒にするなとお叱りを受けそうだが、聖徳太子の名も似たようなところがあるのではないか。聖徳太子の呼称も存命中のものでなく、後の世で付けられた尊称との学説が現在の主流となっているのである。偉大な人物を元の名で呼ぶのは失礼との思いが、当時の人々にはあったのかもしれぬ
▼ところで2020年度から実施される小中学校学習指導要領のうち、中学歴史では「聖徳太子」を「厩戸王」に改める案が出ているそうだ。実際には、「厩戸王(聖徳太子)」の表記になるとのこと。一人の人間として存在したことが史料で確認できるのは、厩戸王だけだというのがその理由である。日本に年齢や地位で名前を変える文化があるからこそのややこしさだろう。ただ歴史教育が事実に基づくべきものである以上、新たな史実が出ればその都度変更を加えていくのは当然である
▼さて指導要領には載っていないが、聖徳太子といえば「建築の祖」でもある。本紙も先月、道内の「太子講」事情を連載した。建築関係の者にとってブリだのハマチだのはどちらでもいいこと。祖たる大きな存在、聖徳太子を尊崇するのみであろう。きょうはその聖徳太子の命日。いや厩戸王の、か。