時代小説作家柴田錬三郎に、短編「殺生関白」がある。石田三成が政敵を陥れて切腹させた上、その一族郎党を全て根絶やしにしてしまう話である
▼三成は「夫人のお末の方と三人の子供を、三十余人の寵妾もろとも」首をはねてしまう。将来に禍根を残さぬよう血縁を中心とする者たちを殺し尽くすこの手法は、封建時代の中国で行われていた「族滅」が伝わったものらしい。日本に根付かなかったのは幸いだった。物語にはまだ先がある。縁者は残らず殺されたはずだったのだが、とっさに機転を利かせた家来の一人が世継ぎの君に死んだふりをさせ、助け出していたのだ。命さえあればお家の復興は無理でも血筋が絶えることはない
▼まあ、絵空事。現実にはそんなにうまくいくわけがない、と言いたいところだが事実は小説より奇なり。北朝鮮の金正男氏が暗殺された事件で、安否が気遣われていた正男氏の息子ハンソル氏が素顔のまま画面に登場する動画が、脱北者支援団体のHPに掲載されたのである。ハンソル氏はパスポートを示しながら素性を明かし、殺されたのは父であると断言した。動画はすぐ全世界に拡散されたようだ。権力基盤を固めるため兄を殺害したと疑われている金正恩朝鮮労働党委員長にとってはかなりの痛手でないか。殺されたのは正男氏との証言で北朝鮮の面目は丸つぶれになった
▼「殺生関白」は、成長した世継ぎの君が三成を見事討ち取って終わる。三成はこうつぶやいていた。「わしは、怖かったのだ」。金委員長もそうだろう。包囲網は着々と狭まっている。