函館に住んでいたとき、家具の後ろから突然ムカデが出てきて驚いたことがある。グロテスクな姿が大層恐ろしく、しばらくは黒くて細長いものを見るたびビクついていたものだ。家具の裏を見ることさえできなかった。ムカデではなくとも似たような経験を持つ人は多いのでないか
▼人は一度恐ろしい目に遭うと、その記憶からなかなか逃れられない。「蛇にかまれて朽縄におじる」ということわざもあるくらいだ。進化の途上で生き残りのため自然と身に備わった危険回避の能力が、さほどそれを必要としなくなった現在も残っているらしい。臆病風に吹かれることだけが理由ではないのである
▼ただ、これも程度問題で、「すっかりトラウマ(心の傷)でして」と笑い話にできるうちはいいが、度を越すとPTSD(心的外傷後ストレス障害)に進み激しい恐怖心で心身に過剰な反応が出る。犯罪や自然災害、戦争などで命にかかわる悲惨な体験をし、許容範囲を超える心理的衝撃を受けると発症するという。政府が21日、「組織犯罪処罰法改正案」、いわゆるテロ準備罪法案を国会に提出した。審議はまだだが既に各方面で始まっている議論を見ていると、社会にもPTSDがあると思わないわけにいかなかった
▼戦時下の治安維持法と同じ経過をたどるのではと激しく反対する論調が目立つからである。戦争が残した傷痕はそれほど深かったのだろう。心配は当然だ。一方で国際関係上、必要な法案と指摘されてもいる。それが毒ヘビなのか犯罪者を縛る縄なのか、国会で明らかになればいいのだが。