これから紹介するのがどこの国かお分かりになるだろうか。こんな所である。物乞い、ホームレスはほとんど見掛けず軽犯罪も少ない。バス停や名所旧跡に荷物を置きっ放しにしても後で返ってくる。誰もが家に泊めてくれるし、街中に居心地の良いのんきな雰囲気が漂っている
▼さて、どうだろう。答えは「日本」、と思った人も多いかもしれない。実は、今は泥沼の内戦に苦しむシリアの1990年代の姿である。中東特派員経験も持つオランダのジャーナリスト、ヨリス・ライエンダイクが著書『こうして世界は誤解する』(英治出版)に記していた。カイロ大在学中にシリアを旅し、西欧以上に穏やかで整った社会秩序に驚かされたという
▼90年代といえばさほどの昔ではない。戦争がいかに短期間で社会を崩壊させるかを示すものだろう。今回の新たな展開が、混迷するシリア情勢にさらなる追い打ちをかけるのは間違いない。トランプ米大統領が踏み切ったアサド政権軍へのミサイル攻撃のことである。米国の攻撃根拠は政権軍の化学兵器使用だが、政権軍や後ろ盾のロシアはこれを否定している。真相はまだ「藪の中」だ
▼ヨリス氏は駆け出しのころ、先輩記者にこう助言されたという。中東について書くなら1週間で書いた方がいい。いればいるほど分からなくなるから―。もちろん冗談。意味は全く逆で、目の前の事だけ見ても真相はつかめないからよく調べなさいというのである。トランプ大統領にこそ聞かせたい言葉だが、まあ、ジャーナリストの助言になど耳を貸すはずもないか。