この始まりの一節を、子どものころから何度聞いたか分からない。日本人なら皆同じだろう。「むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんがすんでいました」
▼昔話の開演舞台あいさつのようなものである。金太郎、一寸法師などそこから語られる内容はいろいろなのだが、最後にはやはり定番のせりふで幕を下ろすことが多い。「おじいさんとおばあさんはいつまでもしあわせにくらしましたとさ」、と。なぜ昔話に高齢者がよく出てくるのかについては、敬われていたからとの説がある一方、共同体の中で役割を持たぬ異質な存在だったからとの説もある。さて、それでは今の日本で話を作るとしたら高齢者の役回りはどんなだろう
▼この事故の報に触れた後では、悲しい展開ばかり頭に浮かんで仕方ない。おととい、川崎市にある小田急線の柿生駅で高齢の女性2人が通過中の快速急行電車にはねられ死亡した。自殺とみられるという。手をつないで飛び込む様子が防犯カメラに映っていたそうだ。1人はかなりの高齢で、つえをついていたらしい。事情は知る由もないが、そこまで生き抜いてきた末に自殺を選ぶしかなかったのだとしたらあまりに切ない
▼厚労省の統計によると、80歳以上の自殺者数はこの10年ほぼ横ばいが続いている。20歳から79歳までは大幅減、中でも50代はほぼ半減しているのにもかかわらずである。何もかも高齢化のせいにするわけにもいくまい。知恵を絞らねば、「いつまでもしあわせにくらしましたとさ」の言葉が近いうち、昔話の中でしか通用しなくなる。