英文学者で作家の吉田健一氏はある時から、父のことが「もう一人の自分だといふ気がしてならない」と思うようになったそうだ。随筆「父のこと」で述懐していた
▼父とは戦後占領期に日本のかじ取りをした吉田茂首相。その晩年のころの話らしい。「父と自分の区別が付け難くなつて、旅行などしてゐると大磯のもう一人の自分はどうしてゐるだらうと考へたり」したそうだ。よほど生々しい感覚だったのだろう。日本生命保険がおととい、「父親にしたい有名人」のアンケート結果を発表した。18日の「父の日」にちなんで実施したものである。眺めながら考えたのだが、こちらの回答者も実は父親を拡大鏡にして、理想の自分という「もう一人の自分」を見ているのではないか
▼1位は親しみやすく多彩な才能を持つタレント所ジョージさん、2位が孤高の天才メジャーリーガーイチロー選手、3位が「永遠の若大将」俳優加山雄三さんだったそう。いずれも印象としては父親というより憧れの存在だろう。アンケートは40、50歳代を中心に全世代の男女約7600人を対象にしたものだという。発表は10位までだがタレントと野球選手、俳優で全ての席を占めている
▼設問が「父親にしたい著名人は誰ですか?」なのだから、このところテレビで見ない日はない政治家の面々の名が出てきてもよさそうなものだが、お声掛かりはないようだ。たぶん「もう一人の自分」たる理想の自分とは重なり合う部分がないのだろう。まあ、与野党が連日低レベルの争いを繰り広げる今の国会では無理もないか。